2015年11月01日

検証 バブル失政 軽部謙介著 当局者の迷いを肉声から再現

1日朝刊23面【読書】
 為替の調整を通じて世界的な国際収支の不均衡を直そうとする1985年のプラザ合意で、日本経済は円高の大波にもまれた。日本に内需拡大を迫る米国、圧力を日銀に投げ渡す大蔵省(現在の財務省)。長引いた金融緩和や不動産マネーの制御の遅れはバブルの膨張と崩壊を招いた。その「バブル失政」を当局者の肉声をもとに検証した。
 著者は通信社の解説委員長。80年代後半の大蔵省をはじめ日米の財政・通貨当局の取材に携わり、その経験と人脈を生かした。三重野康・元日銀総裁らが残したオーラルヒストリー、日米政府や日銀の内部記録、ボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長らとの個別インタビューから、意思決定の現場を再現した。
 度重なる日銀の公定歩合引き下げ、邦銀の伸長をけん制する国際決済銀行(BIS)規制、不動産融資への総量規制の導入といった場面で「誰が、いつ、何を考えたのか」を掘り起こした。経済や市場の変調を感じながら適切な手が打てなかった政策当局者の弁明や反省の言葉もちりばめられている。
 85〜90年の膨張期に絞った検証ではバブルの全体像は語れないかもしれない。だが、時を経てこそ入手できる記録や証言を丹念に集めた本書は30年前の日本の迷いを生き生きと描き出している。


やはり、バブル研究の決定版は総合研究開発機構(NIRA)研究会による『平成バブルの研究』(上下巻・東洋経済新報社刊)でしょう。
本書は様々な分野の研究者たちが、1980年から1999年までの経済、金融、政治、社会状況の学術研究をプロジェクトとして纏めたものあり、バブル形成から崩壊、そして「失われた90年代」までを総括しています。
編纂されたのが2002年と、バブル時代の生々しい記憶が残っているうちだったので、各種のデータだけでなくマスメディアの影響なども的確に指摘しているなど、大変興味深い所があります。
一方、軽部氏の『バブル失政』は当時の政策決定プロセスを証言者のオーラルヒストリーで綴ったもので、前述の『平成バブルの研究』と併せて読むと、いわゆる「バブル」とは何かというのが理解できると思います。
ただ、「バブル」現象そのものは、古今東西どこでも起こっているものであり、経済としては所与の現象だと思った方がいいでしょう。
そして、経済が過熱しそうだと分かっていながら、いろいろな事情で当局が手を打てずに「バブル」となるのも、これも当たり前だと思うのです。
逆に言えば、ちゃんと対策が打てて奏功していれば「バブル」にはなってないので、誰も「バブル」を認識することがないわけです。
従って、「バブル」自体を悪だとか失政だとか決めつけるのはメディアの悪癖ですし、著者が時事通信の記者だったという経歴からしても、いかにもという感があります。
私たちが考えなければならないのは、「バブル」をどう沈静化させていくかという事後の対処策ではないでしょうか。
失政と言うのならば、それは過度に「バブル」を潰した政策こそが失政であり、そこには「バブル」の最中に「バブル」を煽り、それが崩壊をはじめると「平成の鬼平」と言って「バブル退治」なるスローガンで加速させるマスメディアの果たした役割まで追及する必要があります。
当時の政策だけが悪かったというのは実に簡単ですが、それでは後世に何の教訓も残さないのは、戦前、戦中のメディアや社会の存在がないが如きの歴史研究と同じじゃないでしょうかね。
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2015年10月31日

辺野古移設、反対だけでは意味がない 仲井真前沖縄知事に聞く 基地の危険除去進めるべき

31日朝刊2面【総合1】真相深層
 沖縄県の米軍普天間基地の名護市辺野古への移設問題で、政府と沖縄県の対立が深刻さを増している。2013年末に埋め立てを承認した仲井真弘多前知事が、日本経済新聞のインタビューで、かつて行動を共にした翁長雄志知事や本土への思いを語った。
行政の責任放棄
 ――政府は埋め立て工事に踏み切った。
 「尖閣諸島など安全保障環境を考えれば、前に進めないといけない。安全保障の問題を最終的に決めるのは政府だ。安倍晋三首相や菅義偉官房長官のような能力のある人がそろっている時じゃないとなかなか進まない」
 ――代執行など政府のやり方は強引だとの批判がある。
 「政府は20年間抱えている懸案だ。普天間基地の危険を取り除くために必要なことはやるべきでないか。現実的なものに手をつけず、反対だと言い続けるのはナンセンス。激しい議論は当然だが、政治家ならずっと平行線では意味がない」
 ――翁長氏は一歩も引かない。
 「ただ反対するのは市民運動ですよ。知事が市民運動のリーダーシップをとるのは行政の責任を放棄したのと同じ。政府とどこかで折り合うつもりがあるなら別だが、ないとすればどこまでいっても何のプラスもない」
 ――仲井真さんも10年知事選では普天間基地の県外移設を訴えていた。
 「県民からみて最も望ましいのは県外移設だ。私もずっと追求してきた。しかし実現性が高く、最も早く普天間基地の危険性を除けるのはやはり辺野古だ。米軍が絡む事件・事故を限りなくゼロにする。日米地位協定を変えていく。こういうことをしっかりやってもらえば、県内も落ち着いてくると思う」
 「沖縄が過重負担なのは確かだ。演習場や海・空の制限区域が多く、植民地とまでは言わないが、文字通り外国があると言っていい。基本的な感覚は革新も保守も僕も9割は一緒。ただ最後の結論がね」
 ――翁長氏はいつから考えが変わったのか。
 「聞いてみてくださいよ。(翁長氏がかつて当選した)那覇市長選は頑張って応援した。それを裏切って向こうに行った。政敵とは言わないけど、考え方が違う」
人権問題でない
 ――翁長氏が知事になって1年近くになる。この間、話をしたか。
 「僕はずっと黙ってみていた。話をしたことはないですよ」
 ――翁長氏が翻意することは。
 「移設反対が選挙に有利なのは決まっている。それだけだ」
 ――翁長氏は国連で「基地問題は人権問題だ」と訴えた。
 「基地問題は安全保障問題だ。差別や人権と結びつけるのはおかしい。沖縄を誇りに思う人がいるのに、自らおとしめているのではないか」
 ――沖縄独立論も出ている。
 「昔からある『酒のみ論』ですよ。現実の話だと誰も思っていない。沖縄には昔からいっぱい人が来て、最近も海外の観光客で成り立っている。排他的なアイデンティティー論はだめで、オープンにしていかないと」
 ――心情的に中国に近づくことは。
 「重心が米国か中国かは日本にずっとある話だ。欧州だって中国に寄って来ている。沖縄の人は用心深いからね。中国とつきあって政治的に何かを得ようとするには慎重さがいる」
 ――南シナ海で起こっていることが東シナ海で起こったら。
 「そんなことが起これば沖縄はどうにもならない。政府にお任せし、我々は慎重にお付き合いするに尽きる」


「移設反対が選挙に有利なのは決まっている。それだけだ」、これは辺野古移設の埋め立て許可を出した直後の沖縄知事選で、移設反対を唱えた翁長雄志氏に敗れてしまった仲井真氏の悔しさからでしょう。
しかし、仲井真氏が知事であった8年間は一体何だったのか。
反対運動の県民大会に出席したり、容認するかと思えば実現が難しい滑走路の沖合設置を言い出したりと、日米で合意した2014年移転完了が大幅に超えているのは、この御仁の責任でもあるのです。
ルーピー氏の「国外、県外」の食言事件も、仲井真氏がグズグズしていることに託けたものであり、「実現性が高く、最も早く普天間基地の危険性を除けるのはやはり辺野古だ」などと言えたものでしょうかね。
「沖縄人は強請、タカリばかり」などという誹謗も酷すぎますが、政府と条件交渉して何かを得ようという以上の執拗さと言うか、木を見て森を見ない所があるようにも感じるのです。
いや、基地負担で大変ではあるが、沖縄は日本の外交・安全保障にとって最重要の地域であり、沖縄県民はそれにしっかりと対応していると誰もが思えば、じゃあウチでも負担を分けあいましょう、支援しましょう、となるわけです。
「俺達はずっと被害者だ、カネ寄越せ」みたいな具合に見られてしまっては、沖縄にとって大きな損失でしょう。
「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」、と沖縄から最期に打電した大田実海軍中将も、今の状況をみてどう感じるのでしょうか。

結局、国は辺野古移設を完遂します。
翁長知事も埋立差し止めを司法まで持っていくでしょうが、外交・安全保障は国の専権事項であり、裁判所もこれを認めます。
そして、普天間ほか米軍基地や制限地区も返還されて、日米合意は果たされることになります。
この頃まで翁長氏が知事であるのかどうかは知りませんが、少なくとも移転が始まれば跡地利用のため国からの支援も貰うのでしょう、その時「実現性が高く、最も早く普天間基地の危険性を除けるのはやはり辺野古だった」と平然と受け取るのでしょうか。
よく分かりませんね。
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2015年10月30日

旭化成建材、データ改ざん4カ所に 新たに釧路・横浜 国交省、調査拡大を検討

30日朝刊2面【総合1】
 旭化成子会社の旭化成建材(東京・千代田)が杭(くい)打ち工事をした北海道釧路市の道営住宅2カ所と横浜市の中学校でデータ改ざんが見つかり、改ざんは横浜市の傾いたマンションと合わせ計4カ所となった。同社は29日、新たなデータ改ざんの事実を認めた。問題が個人の不正にとどまらないことが判明し、国土交通省は調査対象を同社以外にも広げる検討に入った。
●また流用判明
 北海道庁は29日、釧路市で旭化成建材が杭打ち工事をした道営住宅で、データ流用が見つかったと発表した。28日にも同市内の道営住宅でデータ流用が見つかっており、同じ現場責任者が杭打ち工事を担当していた。
 新たにデータ流用が分かった建物は鉄筋コンクリート8階建て。道の調査によると、杭22本を打った際の電流計の記録のうち2本のデータが同一で不自然だった。旭化成建材は「同一データを使っていると認めざるをえない」と話したという。この住宅には現在39世帯が入居している。
 横浜市は29日、旭化成建材が杭打ちをした市内の公共施設で、210本の杭のうち15本の先端を覆うセメント量について、データ流用が確認されたと発表した。施工担当者は市内の傾いたマンションとは別人だった。
 施設は中学校で、市内の元請け業者がデータを照会したところ、セメント量などがまったく同じ杭が見つかった。旭化成建材はデータ流用を認めたという。一部は流用だけでなく別のデータを挿入して加工されていた。現時点で傾きやひび割れなどは起きていない。
●数十件で疑い
 旭化成建材が杭打ちをした建物のうち、データ改ざんが疑われるのは全国で少なくとも数十件に上る。旭化成は傾いたマンションと同じ工法で杭打ちをした全国3040件の調査状況を30日に公表する。
 旭化成建材の前田富弘社長は29日、傾いたマンションの杭打ち担当者が携わった41物件のうち、23件が集中している愛知県の大村秀章知事と名古屋市で会い「県民の皆様に心配、迷惑をかけている。おわび申し上げる」と陳謝した。大村知事は「愛知県での調査を最優先し、安全性の確認をしてほしい」と要請した。
 複数の施工担当者によるデータ改ざんが明るみに出たことで、より多くの物件で改ざんが行われていた疑いが浮上してきた。改ざんが旭化成建材1社にとどまらない可能性も指摘されている。
 国交省は旭化成建材以外の業者にも調査対象を広げる検討に入った。来週初会合を開く有識者委員会の議論などを踏まえ、慎重に判断する。同省によると杭打ち工事会社は全国に数百社あり、各社に自主的な調査を求め、報告させる方向だ。


しばしば報道が犯すのは、本質から外れた話をフレームアップして、どんどん関係ない方向へと世論を誘導することです。
世間の関心がそちらに向くだけなら別にいいのですけど、その先に待っているのは役所の規制を強めよという「要求」であり、それによって役所の権益が拡大していくことです。
規制強化とは、大きな政府論であり、「検査機関」とか「審査機関」という名の天下り先の拡充に他なりませんが、片方では小さな政府とか、天下り先の撲滅とか片方で論じているのですから、一体どっちやねんとツッコみたくもなります。
という訳で、報道をただ追って「ふんふん、なるほど。こりゃケシカラン」と怒ったり嘆いたりするのでは、メディアに乗せられているだけに過ぎないのです。
私たちが常に心がけたいには、「この問題の本質は何なのか」という視点です。

今回は、マンションの基礎施工において杭が支持層にまで到達しておらず、基礎杭の自然沈降による建物の傾きがあったということです。
現場の作業管理者および作業者は「達していた」という認識だったそうですが、実際には達しておらず、それを証明するデータにも「改ざん」があったと。
ここで本質なのは、データの「改ざん」にあるのではなく、杭打ちの作業そのものにあるはずです。
施工した旭化成建材の資料(http://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/news/2015/pdf/151020.pdf)では、未到達の要因として次の2点を挙げています。
(1) 支持層への到達を確認しないまま作業を終了
(2) 急しゅんな傾斜の支持層であったため支持層に到達したと誤認
1については、故意なのか未必の故意なのかはこれからの話ですが、いずれにせよ決められた作業手順から外れた違反行為であるのは間違いありません。
さらにデータを「改ざん」していたのなら、自分の行為を隠蔽するためのものであるかもしれず、これは悪質だと思います。
最近も会社への怨恨から、自分が点検したエレベーターで、意図的に不具合が発生するよう仕掛けた作業員が逮捕されましたが、これと同種の話となります。
一方、2については、管理者も作業者も「到達した」と確信したが、実際は未達であったという状況で、逆にこのケースではデータが作業の正当性を証明することになり、わざわざ「改ざん」する必要はないということです。
では、なぜ他のデータを流用したりしたのか、言われていることは当時の測定器からのデータ出力が記録紙だけであり、これが現場で紙詰まりや操作の不手際などにより欠測してしまったので、やむなく他のをコピーして貼り付けたり、加筆したりしたのだとされています。
その時しか取れない観測データというのは、今の時代にあっても欠測はありますが、一般的には、こうした事情で欠測したと空白にするものです。
所が、それだと元請けが作業記録を受け付けないので、やむを得ず作文したという話も伝わっています。
しかし、データは杭打ち作業の客観記録であって、支持層への到達、未到達、あるは根固めのセメントミルク量については、現場において作業者の確認が第一義なのです。
それが出来ていなかったのなら、作業者のミスであり、施工会社の管理ミスであるわけです。
本質なのは、データの「改ざん」にあるのではなく、杭打ちの作業そのものだというのは、こう言う意味なのですけど、現場でのやむを得ない作文でもって、この建物も欠陥だ、あの建物も欠陥だと言い募ることが果たして社会的に有意義なのかなと思います。
posted by 泥酔論説委員 at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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