トルコ政府は24日午前(日本時間同日午後)、南部のシリア国境付近で、領空を侵犯したロシア軍機を撃墜したと明らかにした。ロシア国防省は撃墜されたのはロシア軍の戦闘爆撃機スホイ24と確認した。(関連記事総合2面に)
プーチン大統領は同日、「背後から刺されたようなものだ」と述べ、トルコを強く非難した。「ロシアとトルコとの関係に重大な結果をもたらす」と警告した。
米国率いる有志連合と、ロシアがそれぞれ進めるシリア領への空爆が十分な連携を欠くなか発生した撃墜事件で、トルコが加盟する北大西洋条約機構(NATO)とロシアの関係が一段と緊張する恐れがある。過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)掃討作戦にも影響を及ぼしそうだ。
トルコ側の説明によると、南部ハタイ県のシリア国境付近でロシア軍機がトルコ領空を侵犯した。複数回の警告にもかかわらず退去しなかったため、交戦規定に基づき警戒飛行中のF16戦闘機2機が撃墜したという。米軍もトルコが警告を発したことを確認した。一方、ロシアは領空侵犯はなかったと主張しており、トルコ側の説明と真っ向から対立している。
ロイター通信によると、NATO加盟国による旧ソ連やロシアの軍用機撃墜が確認されたのは1950年代以来初めて。撃墜されたロシア軍機からパラシュートで脱出したとみられる操縦士2人の安否は不明だ。
このタイミングです。
オランド大統領はワシントンでオバマ大統領を説得できず、記者会見もアサド政権の存続を認めないという原則論で終始しました。
オバマ氏は原理主義者みたいなものですから、「レッド・ライン」モードに一度入ってしまうと、そこから抜けられないのでしょう。
安全保障担当補佐官のスーザン・ライス氏もオバマ氏と似たような考えの御仁ですから、ホワイトハウスの中枢ではISよりシリアの政権交代しか関心がないようです。
国際面では、「(米仏両大統領は)ロシアと軍事面で協力する条件についても協議したもようだ」と二人の会談を報じてますが、具体的な提案があったとは思えません。
手ぶらでプーチン大統領を訪問する、オランド氏の心中や如何にと思いますが、そこにダメ押しのようなトルコの介入です。
フランスとすれば、踏んだり蹴ったりでしょう。
ISを巡る情勢分析は、国際政治とは何であるかを知るのにちょうど良い教科書だと思います。
ご存知のとおり、アサド政権を弱らせるためにサウジや欧米の支援によってつくられたのがISの中核だと言われています。
特に、隣国トルコは「強すぎるシリア」の存在が好ましくなく、昔からシリア領内のトルコ系民族を使って妨害工作をしてきました。
こうした「反政府勢力」と呼ばれるトルコの息がかかっている連中に加えて、更にトルコ軍情報部はISへの資金提供などを通じて、アサド政権を追い詰めてきたのです。
さながら、アフガニスタンの混乱こそ国益とするパキスタンが軍情報部を使って、タリバンやアル・カイダを育てたように、トルコもシリアで同じことをやっています。
従って、トルコにとって対IS作戦と言うのは表向き歓迎しているようで、内実は「余計なことしてくれるな」というものであり、だから米軍にもトルコ領内の基地を長らく使わせてこなかったのです。
それでも今年に入ってから、国際世論に押されてトルコも対IS作戦に参加を表明するのですけど、彼らが空爆しているのは専らシリア領内で反トルコ活動をしているクルド人勢力というわけで、「ロシアはISでない、反アサド勢力ばかり攻撃している」というトルコ首相の言い分も何だかなあという所です。
転換点は、ロシア旅客機の爆破事件とパリ同時テロ事件からです。
プーチン大統領は本気、オランド大統領も連合軍総司令官気分で本気モードに入ってきた、全欧州は露仏の勢いに押されて従うだろう、そうなるとアメリカもどうだか分からない、この流れに一石を投じたかったのがトルコのエルドアン大統領だったと思います。
確かに、いままでもロシア軍がトルコ上空を通過していたのは事実でしょう、しかし先日のТu-160爆撃機やカスピ海からの巡航ミサイルなどは、トルコ領内を避けるようコースに気を使ってましたね。
敵対国でなく有志連合じゃないかという気持ちは、ロシア側にあってもトルコ側にはなかったということです。
ただ、トルコのアンタルヤで開催されたG20において「この中にISへ協力している国がある」というプーチン大統領の発言は、明らかにトルコを指しているものだし、ホスト国をわざわざ非難したのは彼なりに何かを感じていたのかもしれません。
問題なのは、トルコ軍が領空侵犯を理由としてロシア機を撃墜したこと以上に、シリア領内のトルコ系民兵が脱出したパイロットやレスキュー部隊まで攻撃して殺害していることで、トルコ軍と民兵との間に最初から計画が出来ていたのではないかという疑いです。
もしそうであるなら、これは偶発的な事件でなく、謀略だと言うことになります。
謀略の目的は、欧米露による「連合軍」化の妨害であり、中東におけるロシアの影響力を削ぐものであり、それが結果的にISを救済し、アサド政権を断つということだと思います。
もう一つ、トルコが領空侵犯の判断を早々にNATOに持ち込んだのも大変手際がいい。
フランスがわざわざ集団的自衛権の発動をEU条項に依ったのは、もともと東側陣営に対する集団安全保障体制のNATOだとロシアが嫌がるとの配慮からでしたが、いくらNATO加盟のトルコだからと言ってそこに持ち込めば、EU諸国だけでなくアメリカをも味方につけることができるとのヨミがあったからでしょう。
このヨミもピタリと当たり、オバマ大統領は「ロシアは外れ者」だと批判するし、「撃墜されたのはロシアなのに、まるで撃墜したかのようになっている」とロシアがボヤくことになります。
撃墜一つで形勢はロシアに不利となってきましたが、さて、失意のオランド大統領をモスクワで待ち受けるプーチン大統領は巻き返すことができるのか、これが今週の注目点です。
現代にあっても、こうした謀略の限りを尽くしてまで国益を守るのが国際政治だということですね。