2015年11月20日

ロシア、孤立脱却狙う 対テロ 欧米と関係修復探る

20日朝刊7面【国際2】モスクワ=古川英治
 ロシアのプーチン政権がパリで起きた同時テロを利用し、対テロ共闘に向け欧米に攻勢を掛けている。過激派組織「イスラム国」(IS)掃討で世界的に結束機運が高まる中で自国機の墜落もテロと断定し、シリアでの軍事作戦をてこ入れした。対テロで欧米との関係修復を探りながら、ウクライナへの軍事介入を契機とした国際的な孤立から脱却する狙いだ。
 プーチン大統領は対テロが主題となったトルコでの20カ国・地域(G20)首脳会議から16日に帰国するとすぐ会議を開き、10月末に起きたロシア機墜落を爆弾テロと断定した。調査結果が出るまではテロと断定しないとするこれまでの慎重姿勢を転換し、エジプト主導の調査団の判断を待たずに急きょ結論を出した。
 その後の動きは素早かった。17日にはシリアを拠点とするテロ組織への空爆を倍増。ロシアから戦略爆撃機を展開して巡航ミサイルによる攻撃も実施したと発表した。パリのテロを受け、フランスなどが軍事作戦の強化に乗り出すの見て、「連携」を演出した。
 プーチン大統領はオランド仏大統領が対テロを巡り米ロとそれぞれ首脳会談を開くとの発表を受け、地中海に展開する仏海軍との協力を調整することも指示した。ロシア国防省によると、仏ロ両軍幹部は19日、共同作戦を巡り電話で実務的な協議をした。
 プーチン大統領は9月、シリアのアサド政権を含めた国際的な対IS連合を提唱し、直後に同政権を支援するためにIS掃討の名目でシリアへの空爆を開始した。アサド政権の退陣を求める米欧などとの溝は埋まっていないが、パリのテロを転機にロシアの思惑に近い方向に国際世論が傾きつつある。
 米欧ロや中東の関係国の外相は14日の会議でアサド政権と反体制派の停戦協議を開始することで合意した。テロの脅威が広がる中で対ISを優先し、アサド政権存続の是非を巡る議論をとりあえず棚上げする流れだ。
 米国は現時点でロシアを受け入れているわけではない。オバマ米大統領はG20会議で米欧諸国やサウジアラビアなどシリア領内の反体制派を支援する有志連合の枠組みでIS掃討作戦を強化する姿勢を示した。
 これに対しテロ対策を迫られるオランド仏大統領は来週、オバマ大統領とプーチン大統領とそれぞれ会談する。プーチン大統領は仏など欧州諸国の動揺を見透かし、軍事、外交の両面でたたみかけており、米欧に協力を迫る構えだ。


今般、ロシアによるIS空爆は、国連憲章51条に基づく自衛権の発動だとプーチン大統領は宣言しています。
ここで言う「自衛権」とは「個別的自衛権」を指しており、法理的にはロシア機墜落をISによる武力攻撃だと認定したわけです。
一方、フランスのオランド大統領もパリ襲撃事件を受けて、EU諸国へ欧州条約42条7項に基づく「集団的自衛権」の発動を要請します。
欧州条約42条7項とは、「欧州加盟国がその領土内において武力攻撃による標的になっている場合、他の加盟国は如何なる援助、救済をしなければならない」と少々緩い規定ですが、例え後方支援でも武力攻撃と一体であるという法理解釈に従えば、これも立派な「集団的自衛権」の発動に他なりません。
なぜ、NATOでなくEU条約による「集団的自衛権」だったのかに対して、ロシアとの協力を見据えたフランスの配慮であるという解説が一番胸に落ちてきます。
かようにマスコミ用語である「きな臭い」情勢に国際社会は向かっているのですけど、こうした現実を目の前にすると、この夏の日本における「自衛権」論争というのがいかに稚拙で空論であったのかがよく分かります。
自国の旅客機が海外でテロリストによる爆弾で墜落した、そこで軍が他国にあるテロの本拠地を空爆しに行く、これは国連憲章51条に基づく「個別的自衛権」なんだと言うのが、国際的に共有されている考え方です。
ところが、日本における「個別的自衛権」の概念はどうも違っていて、先の「自衛権」論議をロシアの行動にあてはめると、「先の大戦と同じく個別的自衛権を拡大解釈した侵略戦争」だということになりましょう。
パリ不戦条約以降、表立って「侵略します」だなんて宣言する国もないので、どの戦争でも「防衛のための戦争」であり、「個別的自衛権」の発動を大義としているのですから、拡大解釈だという批判は決して的外れではありません。
しかし、現在のロシアの行動に対して、そうした批判はアメリカはじめ国際社会からは聞こえてこず、これが現実だというお話しです。
あるいは、民主党が唱えていた「日米の共同行動は集団的自衛権でなく、個別的自衛権で対処できる」という考え方も、「個別的自衛権の拡大解釈」ということになります。
「個別的自衛権」なら良くて、「集団的自衛権」なら戦争ができる国になる、なんていう論議がいかにトンチンカンなのか、誰だって理解できると思います。
「戦争」とは、こちらが望まくても相手が仕掛けてきたら対応することであり、それが「自衛権」だということです。
勿論、テロリストだって「こっちも自衛権の発動だ」と主張するでしょう、だから「戦争」とは「自衛権」と「自衛権」との戦いなんですね。
従って、「自衛権」を個別的だ集団的だというは、単に法理上の区別だけであって、実際の「戦争」に直面したらあらゆる「自衛権」でもって国民を守るのが国家の責務となります。
それを相変わらず言葉遊びというか字面に拘泥して、不毛な論議を繰り返してきた我が国は「戦争」への危機感が本当に薄いのだなと感じますね。
posted by 泥酔論説委員 at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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