2012年05月31日

首相「増税待ったなし」 小沢元代表「今は賛成できぬ」 実施時期、歩み寄り難しく

31日朝刊3面【総合2】
 30日の野田佳彦首相と民主党の小沢一郎元代表との約1時間半にわたる会談は、消費増税への賛否を巡り双方が持論を譲らず物別れに終わった。首相は財政の危機的な状況を訴え協力を求めたが、元代表は2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で掲げた政策の実現を主張。会談後、首相と元代表は共に険しい表情を浮かべ、歩み寄りの難しさを浮き彫りにした。

首相「安定財源を整えないといけない。財政も厳しい状況で待ったなしだ」
元代表「国民に大きな税負担をさせる前に政権としてやるべきことがある」

 首相は冒頭、社会保障と税の一体改革の意義を懇々と説明。年金、医療など膨らむ社会保障費を安定的にまかなう財源の確保と財政の立て直しには、歳出削減だけでは間に合わないと訴えた。
 元代表は増税の前に、行政改革や地域主権改革、社会保障の将来像提示、経済再生などを実行すべきだと主張。「当面は無駄を省いた財源を新しい政策の財源にする。首相もそう言ってきたと思う」と指摘し、衆院選の公約を念頭に「国民は約束が緒に就いていないという意識を持っている」と迫った。
 首相は「行革はずっと一生懸命やってきている」と反論すると、元代表は「国民はそうは見ていませんよ」。「自民党政権と比べて色々な面で前進した」との首相の主張にも「我々の主張はもっともっと大きな大胆なものだった」と強調した。

首相「今国会中にきちんと採決し、成立を期すのが私の立場だ」
元代表「13兆円に近い大増税だ。今問われれば賛成というわけにはいかない」

 首相は会談の早い段階で、政治生命をかける消費増税関連法案の今国会での「採決」に言及。元代表に協力を要請するとともに、党内で根強い今国会での採決先送り論をけん制した。法案の審議が進んでいることや自民党など野党との修正協議にも言及。元代表ら党内の増税反対派が姿勢を変えない場合、自民党との連携に動く可能性をにじませ翻意を迫った。
 元代表は反対姿勢を崩さず「これが国民大多数の思いだ」と強調。採決では自身に近い議員らによる「大量造反」をにじませた。輿石東幹事長が「政府提出の法案を取り下げることはできない」と水を差しても、元代表は「今のままでは国民に理解されない」と譲らず、首相は「いやあ、どうしたらいいですかね」とかわした。

元代表「私は一党員なので、代表に呼ばれればどこにでも行く」
首相「今日の議論をもう一回反すうしながら考えたい」

 会談後、元代表は首相から再会談の要請があれば受けると記者団に説明した。一方で「一致点を見いだすかどうか分からない」と、歩み寄りは難しいとの認識も示した。


「増税の前にやるべきことがある」、こうした論理を最初に振りかざしたのが鈴木善幸内閣時代の土光臨調だと言われています。
当時は、徹底した行財政改革をやれば増税分ぐらいは捻出できる、「増税なき財政再建」なんて呼ばれていましたね。
確かに、経済にしろ財政にしろ糊しろがあった時代は、この手法が大いに奏功しました。
ところが、これからすでに30年、糊しろどころか乾いた雑巾を絞ってるのが今の日本です。
徳川埋蔵金じゃありませんが、自民党政権でとっくに使い果たしているのに、まだ「政権としてやるべきことがある」とか言うのは、反対のための反対を唱え単に党内政争の道具に使っているのか、それとも本当に実情を知らないのかのどちらかでしょう。
もし後者なら、小沢氏の病状は相当重篤ですけど、大方が前者だという見方のようです。

民主党という名の政党が本当に民主制を旨としているなら、いろいろ党内で議論があっても最後は機関決定たる多数決に所属議員が従うというのが党名の由来だと思います。
先ごろまで党員資格停止だった自称「一兵卒」なのに、民主党代表にして日本国首相が面談するのも大仰なんですね。
自民党政権なら、「一兵卒」を総理官邸に呼びつけるべき所を、首相が党本部に赴いて幹事長同席で閣法を説得する、こうした倒錯した世界は寡聞にして聞いたことがありません。
一方の小沢氏も、自自公連立を解消しに小渕総理と直談判した時と大きく違い、民主党から離脱する気はさらさらありません。
野田首相とすれば、真逆にいる「一兵卒」を切って、自公と一緒になった方がよっぽどマシだと思っているでしょう。
そもそも、揮発油税の暫定税率廃止を謳ったマニフェストを真っ先に破ったのは与党幹事長たる小沢氏本人じゃないか、その御仁が「我々の主張はもっともっと大きな大胆なものだった」というのはどういう神経なのかと疑います。

結局、小沢一郎という政治家は、自分が権力の中枢を握らないと我慢できないし、握っても大したことができないということです。
この御仁は、他人のために汗をかくということはしない、鳩山政権で幹事長だったのに「国外・県外」問題ではひたすら逃げていました。
彼がやったことと言えば、ルーピー首相の答弁ごとに所属議員に拍手をさせ、自民党議員の質問には野次を浴びせるという「教育」です。
そうして「教育」した議員の大半が次の総選挙で落選だとされていますけど、彼は一体何をやってきたのでしょう。
今や「失われた20年」と言われてますが、これは小沢氏が93年に自民党から離党した時期と一致しています。
政治の混迷が経済の混迷に繋がっており、残念ながら小沢氏は政治にも経済にも何も資するところが無かったどころか、それらの足を引っ張っているのではないかと思えるのです。
日本にとって疫病神のような小沢氏をどう切り捨てるのか、野田首相の名が歴史に残るか否かはここにかかっているのですよ。
posted by 泥酔論説委員 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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