2015年09月25日

出生率1.8へ子育て支援 介護離職ゼロめざす 首相が総裁再選会見 2020年へ「新3本の矢」

25日朝刊1面
 自民党は24日、党本部で両院議員総会を開き、安倍晋三首相(党総裁)の総裁再選を正式に決めた。首相はこれを受けて党本部で記者会見し「アベノミクスは第2ステージに移る」と経済最優先の政権運営を進める考えを表明。2020年に向けた経済成長の推進力となる新たな「3本の矢」として、合計特殊出生率1.8を目指す子育て支援策や社会保障の充実につながる介護離職ゼロなどを目標に掲げた。
 新たな3本の矢は(1)希望を生み出す強い経済(2)夢を紡ぐ子育て支援(3)安心につながる社会保障――の3項目。首相は「長年手つかずだった日本社会の構造的課題である少子高齢化の問題に真正面から挑戦したい」と意気込みを示した。
 経済の現状については「デフレ脱却はもう目の前だ」と強調。「国内総生産(GDP)600兆円の達成を明確な目標に掲げたい」と述べた。達成時期は示さなかったが、14年度に490兆円だった名目GDPを2割増やすため、女性や高齢者、障がい者らの雇用拡大や地方創生を本格化して「生産性革命を大胆に進める」とした。
 子育て支援では、現在1.4程度の出生率を1.8まで回復させる目標を掲げた。子育てにかかる経済的負担を軽くするための幼児教育の無償化、結婚支援や不妊治療支援に取り組む。多様な価値観に対応するため「教育制度の複線化は不可欠だ」と指摘、奨学金の拡充やひとり親家庭の支援などにも言及した。
 社会保障の充実に投資する考えも示した。「仕事と介護の両立は大きな課題だ」とし、家族らの介護を理由に退職せざるを得ない「介護離職」をゼロにしたいとの目標を示した。要介護度3以上で特別養護老人ホームなどへの入所を自宅で待つ待機者は現在約15万人おり、特養など介護施設の整備や介護人材の育成を進める考えも示した。
 「豊富な経験や知恵を持つ人材が増えるととらえればチャンスだ」と指摘し、働く意欲がある高齢者への就業機会を増やす考えを明らかにした。これらを20年に向けた「日本1億総活躍プラン」としてまとめ、「50年後も人口1億人を維持する国家としての意思を明確にしたい」と語った。


「日本社会の構造的課題である少子高齢化の問題に真正面から挑戦」、となかなか意欲的な取り組みだと思います。
おそらく世界で最も速く少子高齢化が進んでいるのが日本だと言われており、このまま放置しておけば極端な人口減に伴い、経済もシュリンクしていくという国家衰亡への道を進みます。
これは日本の根幹を揺るがす大事なのですけど、真正面から取り組む政治家がいままで居なかったというのが問題でした。
移民政策というのも話題になってきましたが、まずは自力で持続可能社会をつくろうというのが安倍首相の目論みのようです。
確かに移民政策なら、ローコストで急速に生産労働者が増える代わりに、移民が社会に与える影響も大きく、これはフランスなどでも観察できる現象です。
安倍首相の選択は、経済成長はモデレートなスピードに抑え、多様な政策によって少子高齢化を改善していこうというものです。
経済問題は人口問題だと嘆く方々にとっては、穏健すぎる考え方なのでしょうが、ただ極論による社会の混乱も政治家としては考慮しなくてはならず、こうした政策判断になったのだと思います。
しかし、先進国のみならず中国ですら少子高齢化が顕在化してきており、日本の取り組みは世界の先頭を走っていることになります。
逆に言えば、日本にとって「お手本」がないわけで、いままでキャッチアップな政策で進んできた私たちにとって、世界に「輸出」できる政策を生み出そうとしていることでもあります。
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2015年09月24日

野党 参院選協力の機運 安保法成立受け結束探る

24日朝刊2面【総合・政治】
 野党は安全保障関連法成立を受け、来年夏の参院選に向け協力機運を高めている。維新の党で橋下徹大阪市長に近い勢力が新党に動いて分裂間近になったのを踏まえ、民主党は来週にも維新と協議機関を始動する。共産党は週内にも安保法廃止を旗印に選挙協力を各党に呼びかける。与党に対抗する野党の共倒れを避けるためだが、同床異夢の面も否めない。
 橋下氏に近い維新の大阪選出議員らは両院議員総会を近く開くよう求めている。橋下氏や新党の代表に就く見通しの松井一郎大阪府知事らは10月1日に新党結成を正式に表明する方針。党を割る協議を早急に進める必要があるからだ。松野頼久代表は橋下、松井両氏、江田憲司前代表と話し合うことも検討している。
 民主党は松野、江田両氏ら維新残留組との協力強化に積極的だ。27日までの今国会閉会後につくる協議機関で、共通の政策集づくりや選挙区調整の検討を進める方針。その後に生活など各党にも協力を呼びかける段取りを描く。
 松野氏らは一気に参院選までの野党再編を目指し、民主党執行部に「解党」を促している。
 選挙協力の推進に一気にカジを切ったのは共産党だ。19日の中央委員会総会で、参院選や次期衆院選で勝利し安保法廃止を実現する「国民連合政府」構想を発表。呼応する他党と選挙区の候補者調整に応じる。連休明けの24日以降、民主、維新、社民、生活4党に協議を呼びかける。
 2009年衆院選の後は基本的に衆院選と参院選で全選挙区に候補の擁立をめざしてきただけに、選挙戦略の大転換だ。民主党の枝野幸男幹事長は23日、横浜市内で記者団に「思い切った提案だと前向きに受け止めている」と語った。
 共産党には、安保法廃止の機運を盛り上げるため、秋の臨時国会に廃止法案を提出して他党の協力姿勢を探る案が浮上している。民主党執行部では共同提出に前向きな見方もある。


大きな法案の後には、必ず政局が待っています。
民主党など野党の立場からすれば、今回の「安保国会」で得るところが一つもなかったどころか、中途で維新の党が崩壊したり、次世代の党など野党3党が政府与党に賛成するという「野党共闘」どころのお話ではありませんでした。
厳しい見方ですが、民主党に野党を纏めようという主導力が決定的に不足していたのが原因で、そもそも民主党内部でも安保法案の対案を出す出さないで最後まで意見が分れていたように、彼ら自身の問題なのだと思うのです。
それに対して、共産党が突然「国民連合政府」構想なるものをぶち上げて、野党再編を目指してきたのには驚きました。
共産党と言えば、超然勢力として他党と与しないことを良しとし、野党再編などは「野合」だと冷たく正論を言い放っては、多くのファンを惹きつけてきました。
「確かな野党」などと言う共産党役割論がありますが、「与党を目指す気も可能性もゼロだから、安心して与党批判票として入れよう」という方も多いのではないでしょか。
ところが「確かな野党」という衣を脱ぎ捨てて、あからさまに政権奪取を目標として掲げ、野党を糾合するのだと言い出したのです。
腐っても野党第一党の民主党がいつものように言うならまだしも、こうしたのは「野合」と散々批判してきた共産党が主導してるので、これは彼らなりに本気なのだなと思います。

「国民連合政府」、安保法廃止のためだけに他の野党と協力して選挙に勝ち、政権を取る、廃止したらただちに解散し、総選挙で各党の主張どおりそれぞれが戦えばいい、所謂ワン・イシュー政権というか時限内閣というか、そんな構想のようです。
なぜ、ワン・イシューなのかと言えば、政策で合意できるのが「安保法廃止」一つしかなく、あとはバラバラだということの裏返しなのですけど、これはこれで無責任な話です。
政権ってのは、何も一つのテーマだけで運営しているわけでなく、例え短時間であろうとも行政が滞って困るのは国民です。
第一に、各メディアのアンケート調査でも、安保法の必要性を認めている有権者は多く、廃止を望んでいるのは僅かでしかありません。
廃止をテーマに何年も共産党と一緒になって政権取るまで戦えるのか、これは民主党のみならず他党にとっては難しいでしょう。
岡目八目でみれば、「国民連合政府」とやらは脇に置いといて、次の参院選で選挙協力しましょうよ、つまり選挙区調整して、前回の衆院選のように共産党が全選挙区に候補を擁立するようなことは止めて、野党で票を分けあいましょう、みたいなのが民主党の本音なのかなという気がします。
確かに、民主党に政権交代した2009年の衆院選で、民主党は共産党と選挙区調整し大勝利をおさめ、逆に共産党に全選挙区で擁立された前回は大惨敗しています。
野党の得票を合計すれば、自民党と公明党より多いという単純計算が、こうした本音の支えになってるわけで、「安保法廃止」だなんてのは単なるお題目に過ぎないということがよく分かります。
そう考えると、共産党は真面目本気な戦略転換、民主党は美味しい所を取れるならいいですよという党利党略、という形がみえてきます。

しかし、なぜ共産党が「確かな野党」を捨ててしまったのか、それは国会前のデモに原因があると考えています。
ここまで共産党主導の運動が盛り上がったのは久しぶりでしょうし、若者が呼応してくれたのがとても頼もしく思えたことでしょう。
デモなんてのは、動員された年金暮らしばかりというのが見慣れた光景でしたが、大学生やママさんたちが深夜まで元気に騒いでいるのを見て、共産党の人たちも昔を思い出して若返った気持ちになった。
だが、これは幻想ですよ。
運動の中核は相も変わらずお年寄りですし、テレビで映ってることが全体を表しているわけでもありません。
国民の関心事は、日々の生活であり、それに対応する政策なんです。
「安保法」と言っても、実感もありませんし、まして「戦争」とか「徴兵制」とか何億光年も遠い世界のことだという話です。
共産党を支持する理由の多くは、防衛は防衛でも生活防衛の分野で弱者を代弁するという立場だからであり、これもまた他の有権者とそれほど問題意識に差はないと思います。
デモによって世論が味方してくれている、風が吹いているというのは実態と乖離しており、それを基に「国民連合政府」構想なるものをぶち上げたとしたら、共産党も冷静さを欠いているというか、焼きが回っているというのか、と言わざるを得ません。
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2015年09月23日

習主席が米国を公式訪問 米中首脳会談 融和腐心も期待薄く

23日朝刊5面【国際2】シアトル=永井央紀
 中国の習近平国家主席は22日、初の公式訪問となる米国へ出発した。25日のオバマ米大統領との首脳会談では南シナ海の埋め立てやサイバー攻撃などの懸案について協議する。対立を避けるために成果や融和ムードづくりにも腐心するが、中国の姿勢に対する米側の反応は硬く、「具体的な成果は期待薄」との見方が多い。
 習氏は22日(日本時間23日未明)にシアトルに到着し、米企業などを視察する。ワシントンではオバマ氏との会談や記者会見、公式晩さん会に臨んだ後、26日にニューヨークへ移動して国連総会に出席。28日に演説をする予定だ。
 中国は米国との「新型大国関係」を進展させたいと繰り返し主張している。冷戦時代の米ソのように対立するのではなく、相違点は対等の立場で相互に尊重しながら国際社会の問題解決に協力しようという立場だ。習氏の訪米を「信頼構築と懸念払拭の旅」と説明しつつも、この強気の外交姿勢に変化は見られない。
 米国が批判する南シナ海やサイバー攻撃では譲歩せずに中国の主張を展開する構え。抜本的な解決はできず、「航行自由の原則」や「サイバー空間の安全」などの原則を確認して終わる見通しだ。6月の戦略・経済対話で最優先課題とした投資協定は、交渉の前進を確認するにとどまる公算。中国の国有企業への優遇廃止など米国が求める条件で折り合いがついていないとされる。
 習氏訪米を対立色に染めたくない中国は、気候変動対策や経済面など協力しやすい分野の連携を打ち出す方針だ。
 8月に唐突に切り下げて混乱をもたらした人民元の扱いについては、22日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)の書面インタビューで「市場原理により委ねていく」と述べて懸念払拭に努めた。


2013年そして2014年と、米中首脳会談が長時間に渡り行われてきましたが、オバマ大統領と習近平主席との間で「信頼関係」が構築できたような形跡がありません。
これは不思議ですよね。
人間関係なんてのは、何度も会っていれば意見や立場の隔たりはあれど、個人としては自然とお互い胸襟を開くもので、それが首脳外交の醍醐味であり、過去の米中トップたちもそうやって政治課題を乗り越えてきたものです。
ところが、オバマ氏も習近平氏もそうした個人的な関係にすら至らない、何だか事務的な会合を見させられてるような気がします。
確かにフォトセッションなどでは、お互いノーネクタイでにこやかに歩くシーンなどありますけど、スーツの色まで合わせたりした演出臭さが却って不自然さとなっています。
想像ですけど、この二人とも対人的な関係を構築するのが苦手なのかな、と感じるのです。
相手の懐に飛び込んで、向こうをこちらの虜にしてしまうような「大人(たいじん)」さがなく、どこか余所余所しいのは、自分のエリアには入ってくるなよとバリアを張っているからで、身近にもこうした人がいると思います。
こうなると、この人は何を考えているのかが分からないし、こちらも意思を十分伝えることが出来ない。
オバマ氏と習近平氏が、日本だけでなく欧米の首脳たちからもどことなく縁遠く感じるのは、彼らの方から歩み寄ってこないからではないでしょうか。
人間的な魅力と言っていいのかもしれませんけど、こうしたトップに必須な個性に欠けている二人が、米中という二大国家の首脳だというのは世界にとっても不幸です。
中国に対しては、関与政策(エンゲージメント)がアメリカの外交・安全保障策でしたが、あまり関与したくないという大統領と、関与を拒絶する主席である以上、何の進展も見られないのは当然でしょう。
しかしこれでは、中国の膨張をアメリカが黙認するということになり、日本にとっても脅威が増すだけなのです。
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2015年09月22日

企業版ふるさと納税」寄付額の6割、減税で還元 来年度から 税優遇、現行制度の2倍

22日朝刊1面
 政府が2016年度の創設を検討している「企業版ふるさと納税」の原案が分かった。企業が地方自治体に寄付した場合、寄付金の約6割に当たる金額が減税で手元に戻るようにする。現行の寄付税制も約3割は戻ってくるが、2倍にして寄付を促す。企業は実質的に約4割の負担で寄付できるようになる。都市部の企業が創業地などに寄付することを見込み、地域活性化につなげる。
 菅義偉官房長官が6月、「自治体に民間資金を投入する」として16年度に企業版ふるさと納税を導入する考えを表明した。個人の自治体への寄付を税制優遇する個人版のふるさと納税が根付いてきたことから、地方経済のテコ入れに向けて企業版も創設する。
 政府のまち・ひと・しごと創生本部が原案を作った。これをたたき台に政府内で検討を進め、年末の与党協議で最終決定する。16年の通常国会に地方税法などの改正案を出す。3月期決算企業は早ければ16年4月以降の寄付が対象になる。
 現行の寄付税制では企業が都道府県や市町村に寄付すると全額が課税所得から控除され、法人税や法人住民税などの負担が軽くなる。所得にかかる法人実効税率が約3割のため、例えば100万円を寄付すると税金が約30万円減る。企業の実質的な負担は約70万円で済む計算。寄付を受けた自治体は比較的自由に使途を決めることができる。
 企業版ふるさと納税では税優遇を拡充し、寄付の約6割に当たる額の税負担が減る。100万円を寄付した場合、税金の支払いが現行制度よりも合計約30万円減る。寄付をする企業の負担は約40万円に抑えられる。法人税や法人住民税などのうちどの税金を対象とするかは政府内で調整するが、財務省は国税である法人税の減税に慎重だ。


「寄付」という文化は、欧米に較べて日本では根付いてない、などと言われてます。
でもどうなのでしょう、歌舞伎の名場面『勧進帳』のように昔から寺社の修繕や建て替えなどの際は、諸国を回って寄進を募ったりしてきました。
寄進した人たちの名前を刻んだ石灯籠や石塔が残されてますけど、文化としてはしっかりとあったのだと思います。
今や、クラウドファンディングという、ネット上で資金を集めることも珍しくなく、これも寄付の一つなのでしょう。
やはり、ビジネスベースに乗らない事業や公的性格の強い事業が、寄付によって支えられるのは古今東西同じです。
しかし、寄付の総額でみると、アメリカでは年間20兆円を超える個人寄付に対し、日本では個人と法人で約1兆円程度とGDPを勘案してみても、我が国はかなり低調であることが伺えます。
一つには、従来から言われてるように税制の問題が依然としてあります。
国など大きい所への寄付は課税控除が簡単なのですが、民間同士の寄付の控除手続きは非常にハードルが高い。
「寄付」と言う名での脱税や地下経済への抜け道になることを恐れてのことと、税収が減ることへの懸念などが理由なのでしょう。
これはこれで一理ありますけど、これからの日本社会は国や行政が何でもやってくれるという時代が終わり、民間そして個人の力が公共的、公益的事業を担うというのに、その血液となる資金、即ち寄付金が税制によって細ってるままでは実現など到底無理だと思うのです。
出資というビジネスベースのおカネからはしっかり税金をとり、寄付というリターンがないおカネは控除する、話は非常に簡単です。
脱税云々は、出資だろうが寄付だろうが同じであり、控除のハードルを下げたり手続きの簡素化とは関係ありません。
税務当局の本音は、税収が減るという一点なんだと思いますが、その分、社会のために役立つ事業に国が「投資」してるんだと考えればいいのですよ。
いずれにせよ、税金をとることよりおカネを社会に回すことの方がずっと良い結果を生むことになるのです。
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2015年09月21日

内閣支持40%に低下 安保法「評価せず」54%

21日朝刊1面
 日本経済新聞社とテレビ東京は19〜20日、集団的自衛権の行使などを可能にする安全保障関連法が19日未明に成立したのを受け、緊急世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は40%と、8月末の前回調査を6ポイント下回った。不支持率は47%で7ポイント上昇し、再び支持、不支持が逆転した。安保関連法の今国会成立を「評価しない」は54%で「評価する」は31%にとどまった。
  内閣支持率は安保関連法案の衆院通過後の7月に現在の安倍政権で最低の38%、不支持率は最高の50%になった。8月にいったん持ち直したが再び、過去最低に近い水準になった。
 集団的自衛権の行使に「賛成」は前月を1ポイント上回る28%で「反対」は2ポイント下回る53%。安保法の成立の前後で大きな変化はなかった。
 安保法成立について、内閣支持層は67%が評価すると答えたが、不支持層では3%にとどまった。男性は41%が評価、女性は23%だった。
 内閣を支持する理由を複数回答で尋ねると「国際感覚がある」が前月から11ポイント上昇して36%で最も高い。支持しない理由は「自民党中心の内閣だから」が48%だった。


”六〇年安保改定反対のデモはあまり理論的にスジの通ったものでもなく、参加者のほとんどは、いまは、「若気のいたり」として、イデオロギー的な継続性はもっていないようですが、当時の反対派の理由の一つは岸内閣が強行採決したことを理由に、「安保条約よりも議会民主主義の方が大事だ」ということでした。また、機密保護法に対する反対の理由の一つは、言論の自由を侵害するおそれがあるということでした。
これほど大事な議会民主主義と自由ですが、これを外敵から守るために血を流せるかというと、どうも返事が返ってきません。なかには降伏してもよいという議論もあります。自由と民主主義を守るために日本の国家権力に抵抗したと称する人々が、外国の国家権力となると、「命ばかりはお助けを」となる矛盾は、両方とも真面目な議論とすると、どうにも説明困難なものです。”

一昨日までの安保法案を巡る騒動についての識者コメントかとも思えますが、実は32年前に刊行された故・岡崎久彦大使の『戦略的思考とは何か』からの一節です。
奇しくも昨年10月に亡くなられた岡崎大使が、もし一連の出来事を見ておられたら、既視感と言うか、この30年間ですらちっとも進歩しない野党やメディアに対して呆れ返っていましょう。
この一節の後は、”おそらくは、いずれも、不真面目といって悪ければ、泰平の逸民の遊びの要素がある議論なのでしょう。(中略)降伏論についても、パックス・アメリカーナの下では「どうせそんなことは起らない」という楽天主義か、「どうせ自分が何と言おうと、安保条約も自衛隊もそのままで、いざというときは何とかしてくれるのだろう」という、それなりにかなり正確な見通しのうえに立った甘えのある議論だろうと思います。”と結んでいます。
岡崎大使の問題提起から30年、ソ連が崩壊し、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争から始まり湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、そしてISとの戦いやウクライナ紛争、極東でも中国の台頭や北朝鮮の核開発など国際情勢は大きく変動し、日本も日米ガイドラインの策定やPKO法、イラク派兵、有事立法、ミサイル防衛システムの構築など多くの安保改革をしてきました。
これだけ国際情勢や安保環境に大きな動きがあるにも関わらず、安全保障政策に対する反対論が相も変わらず一本調子なのは一体どういうことなのか、やはり今もって「泰平の逸民の遊び」なのじゃないかと思わざるを得ません。

一方で、戦争なんてのは起こらなければ何十年も起らないこともあり、事実、日本では70年間戦争が起きていません。
従って、安全保障法制が発動されるのは100年に1回かもしれない、そんな日々の生活からは程遠い法律を真面目に考えろと言われても考えられない、というお話もあります。
安保関連法の今国会成立を「評価しない」は54%で「評価する」は31%、という数字を見ていると、「経済対策や社会保障など、安保より先にやるべきことがあるのじゃないか」、という優先順位の問題なのかなという気もします。
これはこれで、無理からぬ所だと思います。
安保や増税は票にもならず、やれば必ず支持率が落ちますので、政府与党とすれば出来れば避けたいテーマですし、避けて通っても当面影響ありません。
ただ、岡崎大使も前述書で指摘しているように、先進的民主主義国は中央集権的国家に較べて、あまり軍事に重きを置かないので、有事の時に初動がどうしても遅れてしまう、それは第二次大戦時のイギリスのダンケルク、アメリカのパール・ハーバーの例を引くまでもありません。
しかし、多くの国民が納得する大義名分の下で、一度立ち上がってしまえば最後は必ず勝つと、チャーチルも言っているとおりです。
だから、平和な時に有事の議論しておいて国民の理解を得ておきましょう、準備もしておきましょう、というのが先進的民主主義国なのだということです。
今回、政府与党が至らないのは、こうした民主主義の特性と有事のプロセスの説明をすっ飛ばして、国際情勢のみで理解を得ようとした所だと思います。
民主主義や有事について政治家にとっては常識の範疇であっても、安全保障のような分野は国民に縁遠いもので、こうした一からの説明が必要なのでしょう。

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2015年09月20日

中国「攻撃性を増した」 韓国、功罪両面を指摘

20日朝刊4面【国際】北京=永井央紀  ソウル=加藤宏一
 中国は安全保障関連法の成立で日本が従来の平和路線から外れかねないと警戒する論調が多い。国営新華社は「日本の安保政策は攻撃性を増した」「海外派兵への大門を開いた」とあおりたてた。日本の行動によってアジア太平洋地域の安定が乱されかねないとの主張を、中国のさらなる軍備拡大の正当化につなげるケースも目立つ。
韓国メディアは安保法について功罪の両面性を指摘する。保守系の東亜日報は19日の社説で「北東アジアの軍備競争につながる可能性が大きい」と懸念する一方で、「安保法制が北朝鮮の威嚇を抑え、中国の軍事崛起(くっき)に立ち向かう助けになりうる」と指摘。中央日報も社説で「日本が集団的自衛権を持てば、米国の後方支援が容易になり、対北朝鮮の抑止力が強化できる」とした。
 朝鮮中央通信によると、北朝鮮外務省の報道官は19日、参院本会議で安全保障関連法が成立したことを受け、「安保法は他国に対する侵略の道を開くために作られた悪法だ」と批判する談話を発表した。
 報道官は「安保法は米国と米国を後ろ盾に海外侵略の野望を実現しようとする日本の醜悪な野合の産物だ」とし、「我々は危険な侵略策動に対処し、戦争抑止力をさらに強化していく」と強調した。


実に面白いですね。
欧米やアジア諸国が歓迎しているのに対し、中国と北朝鮮はあからさまに非難している、安保法制が一体誰にとって都合が悪いのか、それがよく分かる反応です。
法律一つだけでも抑止力として作用しており、費用対効果は抜群だと言えます。
「北東アジアの軍備競争につながる可能性が大きい」、と韓国メディアは心配しているようですけど、日米ともこの法制によって軍備に量的変化があるわけではありません。
日本も中国に負けないよう空母を作りますとか、原子力潜水艦を作りますとか、核弾道ミサイルを作りますとかじゃない、日米間の連携や国際協力関係を更に強化しようという質的変化が法制の目的なんですね。
よく「シームレスな安保環境」という言葉で説明されてますが、いかに強い鎖でも弱いところから切れるという例えのとおり、強固な日米同盟でも法的に脆弱な部分があれば、そこを突いてこられれば切れてしまいます。
日本を攻撃しようとすれば、真正面から力攻するよりまずは脆弱部分を探すのが当然で、これは孫子の兵法を引くまでもありません。
従って、こちらも弱い部分は穴を埋めておくのが、抑止力ということになります。
安倍首相がしばしば「平和のための抑止力である」という言い方をしてますが、まさに抑止力とは戦争を抑止するものであり、それには隙があってはならないのです。
これを一国の軍備で担保しようとすれば、大変膨大な国庫支出が必要であり、今の日本でこれに賛成する国民は殆どいないでしょう。
ところが、日本はアメリカという同盟国との連携によって、一国では到底実現不可能な防衛体制を構築することができてるのですし、事実ここ60年間の日本の平和と安定はこの日米同盟によって担保されてきたのです。
先人たちが非常な苦労を重ねながら、同盟をつくり、手直しし、防衛力を強化させてきたというその礎の上に私たちは安穏と暮らしているわけで、「9条」と唱えていれば平和がやってきたみたいなカルト世界とは違うのです。
「成熟した民主主義国家はケチである」、誰もが衣食住に満足すると余計な税金を払ったりするのを嫌がりますね。
日米同盟というコスパ最高の防衛体制を築いているのに対し、中国が必死になって軍備という非生産セクターに国庫を全力投入しているのはこちらから見て哀れですし、それが生活の向上に繋がらない中国人民も可哀想です。
今回の法制によって、中国が更に軍備拡大を続けるとしたら、その矛盾は中国国内に向かいます。
それは「競争」でなく、中国一人が泥沼の中で喘ぐということなのですね。
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2015年09月19日

どう使うかで決まる安保法の評価

19日朝刊2面【総合1】社説
 安全保障関連法案をめぐる与野党の最終攻防が延々と続いた。参院本会議での法案採決を先送りさせるため、安倍晋三首相の問責決議案や内閣不信任決議案などの決議案を野党が繰り出し、与党が次々と否定していく消耗戦だ。
 最後は多数を占める与党が押し切るかたちで安保関連法案は成立する運びだ。日本の安保政策は極めて重要な転換点を迎える。
 安保法制は大まかに2つの要素で構成される。ひとつは世界平和への積極的な貢献だ。2つ目は日本の抑止力を高めるため、日米同盟をいままで以上に強める方策である。集団的自衛権の行使の限定容認がそこに含まれる。
 日本は先の大戦を引き起こした当事者という負い目もあり、あらゆる国際紛争から距離を置いてきた。この判断は間違っていない。しかし、戦後70年もたち、世界の日本を見る目は変わってきた。
 日本は何もせずに平和がもたらす繁栄を享受しているのではないか。そんな世界の声に応えようと、1992年のカンボジアを手始めに国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣し始めた。
 ただ、中身は道路補修など非軍事分野に限定してきた。今回の法整備によって、派遣部隊の近くで民間人がテロリストに襲撃された場合の駆けつけ警備などができるようになる。
 こうした安全確保活動は、テロの標的になることの多い米ロのような超大国には不向きである。これまではスウェーデンなどのPKO先進国が主に担ってきた。日本もいつまでも「危ないことに関わりたくない」とばかり言ってはいられない。
 安保法制ができると、いつでも自衛隊を海外に送り出せるようになる。しかし、国民の理解を伴わない派遣は政治的な混乱を招く。必要に応じて特別措置法を制定してきたこれまでに劣らぬ説明責任を負うという認識が必要だ。
 冷戦が終結して四半世紀がたつが、東アジアの安全保障環境は残念ながら改善したとは言い難い。朝鮮半島は引き続き不安定だし、中国の海洋進出は日本を含む周辺国と摩擦を引き起こしている。
 戦後日本は日米安保体制によって、外からの攻撃などの不測の事態に備えてきた。同盟を一段と強化するという方向性を否定する有権者はさほど多くないはずだ。
 ただ、同盟強化によって何が変わるのかはわかりにくい。抑止力は失って初めて、その存在に気付くものだからだ。
 米軍がフィリピンから撤退した途端、中国が南シナ海の島々を実効支配し始めた。こうした事例から日米の絆の重要性を類推するしかない。政府は国民に丁寧に説明しなければならない。
 安保法制をどう運用するのかと同時に、首相の今後の政権運営のあり方も重要だ。法案審議の過程で、近年にない規模のデモが国会を取り囲むなど世論の強い反発があった。「これは戦争法案だ」との声も出た。
 そう受け止めた人がなぜこれほどいたのか。安倍政権のどこかしらに危うさを感じさせる部分があるからだろう。


「戦後の安保政策は大きく転換する」、どのメディアもそう呼んでいますけど、例えばこれが日米同盟を破棄して日本が中立強武装化するとか言うのならば確かに大転換と言えましょうが、成立した法案自体はどれもこれも現在の安全保障体制の延長線上にあるものに過ぎません。
しかもあれだけ野党が大騒ぎした「存立危機事態」は、政府自らが設定した手足を縛る条件が厳しすぎて、本当にこれが発動される事態があるのかとさえ疑問に思うぐらいです。
大山鳴動というか、この程度の法案にこれだけエネルギーを注ぎ込むぐらいなら、もっと建設的な安全保障の話もできたのではないかと考えます。
そもそも論として、集団的自衛権がさも日本に初めて降臨したかの表現が世に多いのですが、日米同盟自体が片務的とは言え集団的自衛権そのものなのですから、違憲だ何だと言うぐらいなら、まず日米安保そのものを否定すべきじゃないでしょうかね。
このあたり、批判派というか反対派というか、その方々からの論理的なお話は寡聞にして聞いたことがありません。
いずれにせよ、法が施行され具体的な姿をみれば、「なるほど、こういうことだったのか」と多くの国民の胸に落ちてくるでしょう。

更に言えば、「廃案を目指す」「徹底抗戦」だと物騒なことを呼号してきた民主党など野党はどうなのでしょうか。
結局、政府与党ペースで物事が終始進められたわけで、「一日でも長く採決を引き伸ばす」という野党の作戦も昨夜から今朝の2時過ぎまで引き伸ばさせただけでした。
若者たちのデモが大きなうねりとなっている、1億の国民が反対している、などと胸を張ってるわりに、民主党の本気さが伺えないのです。
確かに、安倍首相は政権交代前の第一次政権時代より有識者を集めてこの問題の研究と検討を開始し、政権交代後の第二次政権が開始されると早速、公明党との協議を開始したり、野党のうち次世代など3党を切り崩してきたりと、かなり時間をかけ周到にそして慎重に事を進めてきました。
そこに強い意思と戦略があったのは間違いなく、正直言って民主党がつけ入る隙を全く与えてこなかった、そこに民主党は無力さというか諦めがあったのかなと思うのです。
本来なら、外交安全保障は超党派、特に与党と野党第一党とが合意形成していくのがあるべき姿なのでしょう、しかし民主党の席が最初から用意されていなかったのは、おそらく民主党といくら話をしても彼らは何も決められないという、過去の実績があるからではないか。
決める政治をモットーにしている安倍首相とすれば、民主党を前提にすると言うことは即ち「決めないことを決める」政治にしかならず、ならば相手にするのはよそうということだと思うのです。
その結果、民主党は「責任野党」を演ずることができず、反対のための反対を唱える「万年野党」化してしまった、これもモチベーションが低かった理由の一つなのでしょう。
同じことは、この法案を巡って分裂してしまった維新の党にも言えることです。
聞けば、民主党内の保守派だけでなく、岡田代表なども集団的自衛権を容認する考えだったようで、ならば「違憲論」などという議会政党として反知性主義的な思考停止に逃げ込まず、しっかりとした外交安全保障政策を掲げて国会で論陣張ったらと残念でなりません。
安倍首相のブレない意思と、本音が建前に負けた岡田代表との覚悟と矜持の差が、両党の立場の差になったのだと考えます。
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2015年09月11日

堤防、基準見直し必要

11日朝刊3面【総合2】
 国土交通省は茨城県で鬼怒川の堤防が決壊した理由を「水が堤防を越える『越水』や土壌に染みこむ『浸透』など、複合的な要因で起きた可能性が高い」とみている。
 鬼怒川は栃木県の鬼怒沼を水源とし、茨城県を南北に流れる。今回はちょうどその上に帯状の雨雲が居座り、上流から下流までの広範囲が雨の影響を受けたという。
 堤防の高さや強度は過去の降雨量を基にピーク時の水位を想定して決める。今回決壊した場所は10年に1度の大雨に対処できるよう、かさ上げ工事が計画されていた。
 関西大の石垣泰輔教授(防災水工学)は「最近の気象状況の変化を受け、堤防の設計基準の見直しも必要になるだろう」と指摘している。


ご案内のとおり、日本は地震、火山、風水害など自然災害が多く、それと折り合いをつけてここまでやってきました。
しばしば、日本の公共事業費が他国と較べて高い比率だなどという批判がありますが、こうした災害に直面すると「なぜ行政はちゃんと対策してこなかったのか」という逆の批判もメディアから飛び出します。
「コンクリートから人へ」というスローガンも、それはそれで一つの見識だとは思いますが、被災した人たちに向けて「これからも我慢して下さい」と言えるのかどうか。
あるいは、公共事業をなくす代わりに、災害の時は国が金銭で補償しますからという考え方で、果たして多くの国民が納得するのか。
今のコンセンサスとしては、おカネより命だ、というのがまず第一なのではないでしょうか。
だからと言って、無尽蔵に予算をつぎ込むわけにもいかないし、コンクリートでガチガチに護岸を固めるようなことも賢明ではありません。
優先順位や予算のかけ方など工夫するのが、知恵であり政治なのでしょう。

10年に1度の大雨と言うのは、河川工学的には「ごく普通の大雨」程度だと言うことだと思います。
それ以上の降雨だったら、越水や破堤しますよ、という基準であり、近隣に住んでいる人たちからすると「ちょっと怖いよね」という話になります。
土木工学で、本当に安全だと言うのが1000年確率、あるいは2000年確率だそうで、東日本大震災を見ていると確かに2000年に一度ぐらいまで備えれば「想定内」と言えるのでしょう。
従って、10年確率というのが如何に脆弱なのかという基準に加え、その基準を決めているのが過去の降雨量であるため、最近の気象事情と乖離してきているのではないか、という疑念が設計基準の見直し論に繋がっています。
10年確率と思っていたのが、現実の降雨量では5年確率だとかに下がっていた、これだと頻繁に決壊してしまい、人が生活できなくなってしまいます。
しかし、設計基準を見直せば、当然に危険と判定される箇所が増え、それに対応する予算も増えてしまいます。
ですから、見直しの度合いも大変難しい。
そうなると、今までの「国が災害から安心、安全を担保してくれる」という国民のコンセンサスを変えていく必要があるのではないか。
例えば、自分の命と財産は自分で守る方策や、被害に備えて災害保険制度を充実させる、などの自立自存が求められていく、そんな時代になるのかなと思いますね。
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2015年09月09日

ASEAN「中間派」中国離れも 南シナ海進出に危機感

9日朝刊2面【総合】編集委員 秋田浩之
 アジア秩序の主導権をめぐり、激しくぶつかる米国と中国。その行方を左右する東南アジア諸国連合(ASEAN)の重心は、米中どちらに傾いていくのか。いま、日本が注目すべき“異変”が静かに起きている。
 南シナ海に面したマレーシアの軍事基地で、これまでにない光景が見られるようになった。米軍機がやってきて燃料を補給し、飛び立っていくようになったのだ。
 利用しているのは、米軍の最新鋭の対潜哨戒機P8。内情を知るASEAN関係者らによると、マレーシアはひそかに、昨年後半から2カ所の軍事基地の利用を認めるようになった。1回の飛行ごとに許可を得る決まりで、P8の情報はマレーシア側にも提供されているという。
 岩礁を埋め立てるなど南シナ海で強気に振る舞う中国をにらみ、米軍を側面から助けようというわけだ。前出の関係者は解説する。「米軍への協力は非公表だが当然、中国も気づいているはず。マレーシアは多少、中国の反発を招くことも覚悟のうえでやっている」
 以前なら考えられなかったことだ。「マレーシアは南シナ海で中国と島々の領有権を争いながらも、中国に融和的な姿勢を崩さなかった」(ASEANの外交官)
 領有権問題で中国と正面からケンカするフィリピンやベトナムとは対照的だ。マレーシア政府筋は理由をこう明かす。
 中国と表舞台でぶつかるより、水面下で静かに交渉した方が妥協を得やすい。実際、中国はフィリピンやベトナムほどにはわが国に軍事挑発をしてこなかった――。
 ではなぜ、中国が怒るのを承知で米軍に基地利用を認めたのか。発端は中国の行動にある。
 中国海軍は2013、14年春の2度にわたり、マレーシア沖で演習を実施。今年6月には近海に中国監視船が現れ、マレーシア軍艦船とにらみ合いになった。いずれもマレーシアの排他的経済水域(EEZ)内でのことだ。同国当局によると、08〜12年だけでも35回、中国艦船がマレーシアのEEZに入ってきた。
 危機感を抱いたマレーシアは、03年は6回だった米軍艦船の寄港受け入れを、12年以降は4〜5倍に拡大。南シナ海沿岸に自前の海軍基地を設けるほか、上陸部隊をつくる計画も決めた。
 「ソフトな対中路線だけで大丈夫なのか、マレーシア政府内で疑問の声が上がっている」。マレーシアの戦略国際問題研究所のロックマン上級分析官は背景をこう説く。
 マレーシアの軸足が動けば、ASEAN全体の対中姿勢の「重心」も変わる。いまはおおむね、(1)南シナ海問題で対中強硬派のフィリピンやベトナム(2)中国に近接する親中派のカンボジアやラオス(3)中間派のマレーシア、インドネシア、タイ――に色分けされる。
 中でも全体を大きく左右するのが(3)の中間派。マレーシアと並び、注目されるのが、ASEAN人口の約4割を占めるインドネシアだ。
 中国と南沙諸島の領有権問題を持たないインドネシアは、今でも中立的といえる。ただ、この2、3年、豊かな天然ガスが眠る同国のナツナ諸島近くにも中国艦船が南下するようになり、内心、警戒を強めている。
 そこでインドネシア軍は米軍と今年4月に偵察、8月には上陸演習を実施した。インドネシア海軍関係者は「米軍との演習をさらに定期化していきたい」と語る。ナツナ諸島付近の海軍基地も増強する方向だ。
 「もともと、わが国に必要な海軍力と現戦力には大きな開きがあった。海軍力を増強していく」。ジョコ大統領の外交ブレーンでもあるインドネシアのスクマ戦略国際問題研究所所長は話す。
 一方、同じ「中間派」でも、タイは中国に近づく兆しがある。軍事クーデター後、米国などから制裁を浴びているためで、中国軍からの潜水艦購入にも動く。
 世界の原油や液化天然ガス(LNG)の半分近くが通る南シナ海。この地勢図がどう転じるかは、日本の経済にも直結する。その先行指標ともいえるASEANの「中間派」の動きから、目が離せない。


ご案内のとおり、マレーシアには華僑が多く、オフィスなどでは9割方中国系だなんてこともあります。
中国という大国と陸で繋がっている半島国家の多くが、かつて中国王朝からの侵略を受けてきた歴史があり、だからこそ歴代王朝との関係をどう構築するかが民族の死活問題となっていたわけです。
侵略されるがまま滅亡した民族は数多く、しかし中国に勝ったからと言って「朝貢」が許される程度の厳しい宗主関係が何千年も続いてきたのです。
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々」だなんて初心さは、中華帝国からしたら当時の国際環境を知らない、礼節なき輩と思ったことでしょうし、そりゃ煬帝でなくたって立腹しますよ。
やがて、中華帝国というスーパーパワーが東アジアを支配していた時代が終わり、日本がその地位を取って代わろうと失敗した後は、アメリカが70年ほど支配を続けてきました。
しかし、「偉大なる田舎」と呼ばれ内向き志向の米国民にとって、遠くの見知らぬ地に自分たちの息子をいつまでも出しておくだなんてことは心理的にも抵抗があったわけで、ここ20年程の米軍縮小はこうした背景があったのです。
もともと、太平洋戦争終了直後からすぐに平時体制に戻りたくて極東方面で大規模な復員を計画していたアメリカが、尚も兵力を維持せざるを得なかったのは、朝鮮戦争に端を発した「アジアの共産化」に備えるためであります。
やがてソ連が崩壊し、中国も「政治的には社会主義、経済的には市場経済」などという訳の分からない体制によって、「アジアの共産化」というイデオロギー路線が衰退する代わりに、今度は覇権主義による膨張路線を中国が取ってきたことに対して、周辺の小国はまた侵略王朝の記憶が蘇ってきたのだと思います。

同盟と言うのはいろいろありますが、小国同士の同盟は「弱者連合」として、大国からは「しゃらくさい」と見られるそうです。
やはり、大国との強い同盟ネットワークこそが、抑止力として機能するのは当然で、中国を選ぶのかアメリカを選ぶのかと言えば、やはり自由民主主義陣営と組んだ方が何かと安心だという価値観の話になります。
アメリカとしても、大規模な兵力をアジアに張り付けておくより、基地機能を要所に確保さえできていれば、あとは世界一と呼ばれる米軍のプロジェクション・パワーを使って、いつでもどこでも必要な部隊を展開できるので都合が大変良いのです。
在沖米軍はその典型例で、平時には空軍や陸軍は司令部要員しかいませんし、海兵隊も大隊規模のローテーションで基地を使用しているだけですけど、いざ有事となれば米本土はじめ世界中から部隊が集結することになります。
中国にとってはこれほど厄介な存在はなく、早く日本から米軍基地を撤去して貰いたいと切に願っているはずです。
そのような事情ですので、マレーシアやインドネシアの動きにも中共政府は大変警戒しています。
今後、日本も日米同盟を活かして、太平洋方面での同盟ネットワークの構築を進めていくのが国益だと思います。
posted by 泥酔論説委員 at 10:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月07日

高校生、授業で模擬投票 18歳選挙権で副教材 文科省、小中生向けも作成へ

7日朝刊34面【社会】
 来夏の参院選から選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることに合わせ、文部科学省は高校生に政治や選挙の仕組みを教える「副教材」の概要をまとめた。授業で討論や模擬選挙などに取り組むことを通して政治意識を高めることが狙い。若者の投票率が低迷する中、これまで禁止してきた校内での政治活動も緩和する方向で検討を進める。
 副教材は9月中に文科省のホームページで公表し、11月にも全国の高校生に370万部配る。同省は今後、小中学生向けの副教材も作成する。
 副教材は「解説編」「実践編」「参考資料編」の3部構成。解説編は国政や地方の選挙について、公示・告示から開票までの流れをイラストを交えて説明。若者は投票率が低く、主張が政策に反映されにくいという現状も紹介し、政治参加の重要性を伝える内容になっている。
 実践編では、ディベートや模擬選挙のやり方を紹介。地域の課題の解決に向け、住民に聞き取り調査をして政策提言をまとめるといった手法も盛り込む。
 参考資料編は、選挙違反をすれば刑事罰を科される可能性があるといった、公職選挙法のポイントなどをQ&A方式で記載する。
 文科省は副教材を公民や「総合的な学習の時間」の授業で活用してもらうことを想定。教員向けに政治的中立性の確保など指導上の留意点をまとめたテキストも配布する。
 同省の担当者は「実践活動を通じて選挙に興味をもってほしい」と話す。


「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」、というチャーチルの言葉のとおり、決してベストの政治ではないが、それに代わり得る政治をわたしたちが持たない以上、民主主義で生きていくしかありません。
そして、民主主義の基本を成してしているのが選挙であり、多数決の論理によって社会を動かしていこうということです。
ですから、選挙年齢の引き下げ云々に関わらず、小学生から選挙や政治について学び考えることは、結局自分たちのためなのですね。
今や、有権者が選んだ政治家が全て上手くやってくれるという時代は終わり、政治に対して国民一人ひとりが様々な形で参加するという成熟した社会に変貌しています。
日々の生活や仕事が忙しく、投票さえしてりゃいいや、と言うわけにはいかないのです。
原発や安保法案に対して若者たちがデモをしている、これはこれで無関心なことより大変結構だと思いますけど、果たして国際情勢から外交・安全保障のことを知り、自分なりに考え抜いての行動なのか、単なるカッコ付けのためのファッションだとしたら、非常に浅はかだと思います。
シュプレヒコールは聞きますが、彼らから論理的な議論が聞こえてこないのは、デモさえしてりゃいいや、というこれまた意識の上では無関心層と大して変わらないのではないでしょうか。

一方で、政治に真っ白な状態な生徒に対して、学校という公共の場において洗脳しようという不届きな教員も問題です。
この人達は、反戦とかステレオタイプな思想を押し付け、生徒が自分で考えようとすることを良しとしません。
生徒だって、そんなテストでも良い点数を取りたいので、先生の思想に合う答案を書きます。
これが洗脳なんですね。
こうした「教育」を外部から閉ざされた空間で行うのですから、教員にとってやりたい放題です。
3年間じっくりと自分の思想を徹底教育させる機会があるわけで、これは魅力的です。
「先生、ちょっとやり過ぎじゃないのですか」と学校側が気がついて警告できるのか、教室に一旦入った教員の世界に踏み込めるのか、この問題はあまり提起されていませんが、実は非常に重大なのだと思います。
posted by 泥酔論説委員 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする