2015年12月28日

イラク軍、州都ラマディ奪還へ 「イスラム国」、拠点から撤退

28日朝刊7面【国際】ドバイ=久門武史
 イラク軍が過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)が5月に支配下に置いた中西部アンバル州の州都ラマディの全面奪還へ、大詰めの攻勢を掛けている。ラマディは首都バグダッドの西方約100キロメートルにある要衝。全面奪還は、ISにとっては大きな打撃となる。
 イラク軍報道官は27日、ラマディ中心部でISの最後の砦(とりで)となっていたかつての政府庁舎施設について「掌握した」とロイター通信に語った。AFP通信は、IS戦闘員が抵抗をやめこの施設から撤退したと伝えた。
 イラク軍は8日にラマディ南西部を奪還し、22日に中心部に進撃した。ISは接近を阻むためユーフラテス川の橋を破壊したが、政府側は仮設橋を架けて中心部に進入した。米軍主導の有志連合が空爆で作戦を支援している。
 中心部の攻防戦でISは自爆攻撃や狙撃で激しく抵抗し、さらに住民を「人間の盾」に利用。民間人の犠牲が膨らみかねず、ISの拠点に近づくほどイラク軍の前進速度は鈍っていた。ISが市街地に仕掛けた多数の爆発装置の除去にも手間を取られた。
 ラマディは首都バグダッドとシリア国境を結ぶ幹線道路が通る要衝。奪還できれば、イラクのアバディ政権にとっては3月に北部の要衝ティクリートをISから奪い返して以来の戦果となる。
 ただISは2014年6月に制圧したイラク第2の都市モスルなど、なおイラクとシリアにまたがる広い地域を支配している。アバディ首相は25日、「ラマディの勝利に続き、全イラク国民の団結によりモスルを解放する」と強調した。
 一方、シリア北部では26日、米軍主導の有志連合の空爆支援を受けたクルド人勢力が、ISが「首都」と位置づけるラッカの近郊にあるダムを制圧。クルド人勢力幹部はユーフラテス川に沿ったISの主な補給路の一つを遮断したことになるとロイター通信に語った。


今年5月のラマディ失陥に対して、カーター米国防長官はイラク政府軍の恥ずべき撤退を非難しましたが、オバマ大統領は「戦術的撤退」などとイラクを擁護していました。
しかし、ラマディには100両を超えるアメリカから供与された戦車や重砲など、2000人規模のイラク正規軍がいたにも関わらず、わずか150人ばかりのISを前に、彼らは装備を全部放棄して逃げ出したのです。
これは弱兵というより、明らかにISとイラク軍の一部とがグルなのだと思います。
ご案内のとおり、ISと言ってもイスラム原理主義的なのは表の顔で、その中核はスンニ派の元バース党幹部や元イラク軍幹部であって、彼らはフセイン大統領時代から大変世俗的でした。
つまり、ISの実態はフセイン一派によるイラク戦争の復讐戦であり、原理主義に憧れて海外から流入してきた外国人ムジャヒディンたちは、その駒に過ぎないという構造なんですね。
更に、シーア派で占められる現政権が宗派や部族で差別することに対し、イラク軍内部では強い不満があって、旧軍時代からの繋がりがあるISに同調し易いと言われています。
イラク国内で多発していた自爆テロも、ISの前身であるフセイン一派の仕業とされており、要するに権力闘争なんだと捉えていいでしょう。
従って、ISの支配地域とされるのも、スンニ派が多いイラク北部、西部そしてシリア東部に限られており、そこの部族が協力しているからこそ「支配」ができているのです。
もちろん、各部族も現世的な利益を求めており、ISは収奪した原油の収益を部族長に分け与えています。

カネの切れ目が縁の切れ目ではありませんが、ここ最近のロシアによる原油関係施設やタンクローリーの空爆やトルコに対する名指し批判など、ISの資金が目減りし、ISに協力してきた部族も離れつつあるようです。
ラマディでも、守備をしていたIS兵の大半が外国人だったそうで、住民はISを見限ってとっくに逃げ出したということです。
また、攻める方も米特殊部隊の支援に加えて、彼らがイラク軍精鋭から選抜訓練した「テロ対策サービス」(CTS)を中核とし、他にもクルドやシーア派民兵などISと通じている将兵を排除しています。
ですから、今回のラマディ奪還は資金源を絶ち、協力勢力を絶ち、ISからの影響を絶ちという戦略の成果だと思うのです。
対IS戦争にとって、ターニングポイントなる戦闘だったと思います。
これはシリアでも、ラッカ奪還に応用できる事例となりましょう。
問題はモスル攻略で、ここは石油も産出する重要戦略拠点です。
ISにとって絶対防衛圏であり、モスル攻防が対IS戦争を決するといっても過言ではありません。。
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2015年12月20日

米中の「密約」と日本

20日朝刊2面【総合・政治】風見鶏 編集委員・秋田浩之
 米中は切っても切れないパイプで結ばれ、日本は何も知らされていない。こんな証言を米国の中国専門家から聞いた。長年、米中の秘密協力にかかわり、「裏の裏」を知るマイケル・ピルズベリー氏(70)だ。
 1970年代以来、中央情報局(CIA)や国防総省の対中政策にたずさわってきた。いまも同省の顧問だ。そんな彼の著作が今秋に邦訳された(『China 2049』)。
 中国はいずれ米国の味方になると信じ、台頭を助けてきた。だが、中国は初めから2049年までに米国を出し抜き、覇権を奪うつもりだった。その戦略はなお進行中だ――。実体験や中国文献をもとに、本でこう警告している。
 彼に最初に会ったのは10月下旬。冷戦以来、米国がどれほど中国を助けてきたかを列挙し、だまされた、と悔やんだ。ならば、米政府も気づき、米中関係は冷えていくのではないか。こう質問すると、とても意外な答えが返ってきた。
 「米中は対立しない。(米中で秩序を仕切る)G2だってあり得る。両国には長い秘密協力の歴史があるからだ。しかも、米国は一切、その実態を日本に教えてこなかった」
 米中がG2に向かうという説は、米国内ではもはや少数派に思える。中国が米国の覇権に挑めば、緊張が高まるからだ。
 実際、複数の米政府高官は「G2など考えられない」と断言する。著名な米戦略家に聞いても「米中の対立は深まり、米国の対中政策は厳しくなっていく」(エドワード・ルトワック氏)との分析が多い。
 なぜ、ピルズベリー氏の読みはちがうのか。11月下旬に再来日した彼にもう一度会い、疑問をぶつけてみた。すると、こんな趣旨の説明が返ってきた。
 次期大統領候補は選挙中には中国をたたくが、就任後、秘密協力の実態をCIAから知らされれば、中国と折り合おうと思い直す。中国側も、強大になるまでは米国との協力が必要なので、本気で怒らせるほどには挑発しない――。
 彼によると、ブッシュ前政権当時、タカ派のチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官ですら「中国に、過度に強硬に接すべきではない」との認識を示したという。米同時テロや北朝鮮問題で、中国との協力は無視できないからだ。
 では、どちらの予測が正しいのか。カギをにぎるのは、ピルズベリー氏がいう「米中秘密協力」が、どれほどのものなのかだろう。彼はその現状は明かさないが、一端は想像がつく。
 たとえば、アフガニスタンの和平交渉では「米中が水面下で連携している」(国際機関幹部)。朝鮮半島政策やイランの核問題でも、日本が知らない大国ならではの貸し借りが成り立っているかもしれない。
 だが、これらは国家の命運をかけてソ連に対抗した冷戦中の大戦略提携とはちがう。米政府内からも「米中の協力が深まっても、もっと深刻な戦略的対立を中和するのは難しい」との声が聞かれる。あるいは、あっと驚くような密約が米中にあるのだろうか。
 「日本に少し、罪悪感を感じているんだ」。ピルズベリー氏は最後にこうつぶやいた。組むべき友人は、日本ではなく中国だというキッシンジャー元国務長官らの対中重視路線に乗り、日本を軽視してきてしまったからだという。
 南シナ海やサイバー問題などをめぐり、米中の攻防は強まっている。その舞台裏でどんなやり取りがあるのか。両国が対立を深めていくとしても、忘れてはならない視点だ。


世に言う「ニクソン・ショック」は、確かに「キッシンジャー元国務長官らの対中重視路線に乗り、日本を軽視してきてしまった」ということでしょう。
しかし、これもキッシンジャー氏の「ソ連の敵は味方」というプラグマティズムであり、わが方もこの勢いに乗って田中角栄内閣で日中国交正常化を果たすのですから、米当局者が罪悪感を感じるほどでもないと思います。
そもそも論として、いつもアメリカは中国に対して「片思い」なんですね。
ご案内のとおり、アメリカはペリー来航前より太平洋を挟んだ清帝国に対して盛んにアプローチしてきました。
一つには、アヘン戦争以来の欧州列強による中国大陸という巨大な領土とマーケットの蚕食にアメリカも遅れてはならじという焦りと、歴史のない国家が数千年の歴史を誇る文明への憧憬という二つの思いがあったのです。
これは、いまでもアメリカが中国に対してのイメージですし、彼らのトラウマにもなっています。
かつて、米国務長官ジョン・ヘイは中国に進出してきた日本や欧州列強に対し、アメリカ的な正義を振りかざして門戸開放・機会均等・領土保全の三原則を唱えますけど、誰も見向きをしません。
それはそうでしょ、帝国主義時代にあっては権益は力で取りに来いよということであり、綺麗事言って権益を欲しがるアメリカは清ですら相手にしなかったのです。
第二次大戦後、国民党の蒋介石を扶けるも、彼が国共内戦に敗れ逃れた台湾を拠点とした中華民国に対し、1979年カーター大統領は国交を断絶してまでも北京の中共政府に操を立てます。
あるいは、始皇帝が死後の世界まで権力を誇るため遺した「兵馬俑」軍団の中に入ったクリントン大統領が、にこやかにカメラに収まっている姿をみて、この御仁は自分が中華皇帝の部下ですと満天下に示していることを気がついてないのだなと思ったものです。
そこまでして、オバマ大統領と習近平主席とが幾度となく会談したにも関わらず、お互いに信頼を構築するどころか、どんどん関係が悪化している、これをどう見るかということですよ。

かように、アメリカは中国が何たるか全く分かっておらず、一方の中国は歴史も文明もないとアメリカを馬鹿にしているという「片思い」の図式があります。
所詮は「片思い」ですから、「俺の思いを分かってくれ」と懇願することもあれば、「何で俺の思いが分からないのか」と切れることもあります。
アメリカも政権交代するたびに、「俺の思いを分かってくれ」とばかりに「パンダ・ハガー」と呼ばれる親中的な人を駐中大使として任命し、しかし中国の連れない態度で思いが破れると途端に反中的な態度になったりします。
日本とすれば、それは「片思い」なんだよと忠告したい所ですが、アメリカがのめり込んでいるのに、そこに水を差すのも友人としてどうかと、いずれ分かることだというお話しでしょう。
このあたりは、中国とのお付き合いの歴史が日米で俄然違うわけで、これは経験乏しい人にいくら懇々と説いても却って恨みを買うだけです。

「米中は対立しない。(米中で秩序を仕切る)G2だってあり得る。両国には長い秘密協力の歴史があるからだ。しかも、米国は一切、その実態を日本に教えてこなかった」、これも「片思い」の最たるものです。
今も中共政府を支配している「中華主義」とは、要するに天下は中国を中心に回っているという天動説の人たちです。
従って、彼らはG2でなくG1なんですね。
彼らはアジア太平洋の覇権を求めている、これが中国の本質です。
「米中で秩序を仕切る」だなんて、中国も昔と比べると随分と鷹揚になったなどと私たちなら眉に唾をつけますが、アメリカはこうしたフィクションを素朴に信じてしまいます。
秘密協定も結構でしょう、日本がそれも知らなかったも幸いです、ただ私たちにとってアメリカのスタンスが親中から反中と激しく振れないで欲しい、それだけです。
中国の本質を知れば、何が正しくて何が間違っているのかということです。

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2015年12月19日

韓国の言論の自由に疑念残る

19日朝刊2面【総合1】社説2
 日韓の関係改善を妨げる障害がひとつ取り除かれたことは歓迎するが、韓国の言論の自由への疑念が払拭されたわけではない。朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を傷つける記事を書いたとして在宅起訴された産経新聞の前ソウル支局長の判決公判で、ソウル中央地裁が無罪判決を言い渡した。
 問題となった記事は、朴大統領が昨春の旅客船沈没事故の当日、元側近の男性と会っていたとのうわさに言及したもの。昨年8月に同紙のウェブサイトに掲載され、韓国の市民団体が刑事告発した。検察当局は名誉毀損罪で前支局長を在宅起訴し、裁判では懲役1年6月を求刑していた。
 地裁は今回、無罪判決の理由として「公人である大統領を中傷する目的だったとみるのは難しい」「記事内容に不適切な面はあるものの、言論の自由の領域内に含まれる」などの点を挙げた。その判断はおおむね妥当だろう。
 日韓関係をぎくしゃくさせたこの問題は今回の無罪判決で決着するとみられるが、一連の経緯には苦言を呈さざるを得ない。
 まずは韓国検察の対応だ。確かに、さしたる根拠もなく風聞に基づいた記事に問題がないわけではないが、報道を対象に刑事責任を追及するやり方は度を越した。
 次に、朴大統領のイニシアチブの問題だ。「被害者」の大統領が当初から寛容な姿勢を明示していれば、前支局長は起訴されず、日韓を揺るがす問題に発展することもなかっただろう。
 さらに、司法の独立性の面でもいぶかしさが残った。地裁は公判の冒頭で、大局的に善処すべきだと主張する日本への配慮を求めた韓国外務省の要望書を読み上げる異例の一幕があったからだ。
 今回の騒動で、韓国が言論の自由を制限する国との疑心を生んだことは否定しがたい。同国では最近、旧日本軍の従軍慰安婦問題を論じた「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授も名誉毀損罪で在宅起訴されている。改めて憂慮を禁じ得ない。


「言論の自由に疑念残る」も何も、韓国には所謂「言論の自由」はそもそもないのです。
俯瞰すれば、北朝鮮にも自由はないのですから、朝鮮民族に「言論の自由」を求めるのは、八百屋で魚を売ってくれと言ってるのと等しいわけです。
もちろん、いまだに「戦時下」ということでもありましょう、しかし、隣りの中共政府も同じように「言論の自由」を封じているのですから、あちらの方々は統制する、統制されるのがよっぽどお好きなのだと思いますよ。
それであまり不便を感じないし、窮屈さもないのでしょう、王朝時代からこうした権力による統制に馴れてしまっている民族に対してこちらから自由を求めるのは、お節介なのかもしれません。
私たちは、こうした人たちが隣りに住んでいるんだということで感得するしかないわけです。

それに比べて、日本は自由すぎます。
左側の人たちは、何かと「政府による言論弾圧だ」などと騒ぎますが、いやいや貴方たちが大好きなお隣の方々からしたら鼻で笑われますよ、と言いたいです。
先日も書いたように、大新聞社がいくら歴史を捏造しようが法的制裁も受けるでもなく、当の記者たちだってお咎めはありません。
政府が「それは事実と異なるのではないか」と言おうものなら、「圧力だ」とメディアは反射的に批判しますが、その批判自体「言論の自由」が担保されている証左です。
自由を謳歌していると、いつの間にか自由とは何かという本質を見失うものです。
左の人たちも、本当の自由を感じるために、お隣で言いたいことを言ってみてどうなるのか体験してみてはどうでしょうか。
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2015年12月18日

金融政策 脱・危機へ一歩 米先行、9年半ぶり利上げ 市場、ひとまず好感

18日朝刊1面
 米連邦準備理事会(FRB)が16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で9年半ぶりの利上げを決めた。政策金利の誘導目標を「ゼロ」とする危機対応型の政策から脱却する。主要国の株式相場はほぼ全面高となったが、今後も続く米利上げは減速する世界経済には重荷だ。軟着陸するかが焦点になる。
 米利上げを受けた世界の金融・資本市場は、株式や新興国通貨などリスク資産を買う動きが活発になった。
 米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長が利上げに踏み切る一方、引き締めを緩やかに進めると強調し、米景気回復と緩和的な環境の継続を期待する市場関係者を安心させたからだ。米経済の成長鈍化、新興国からのマネー流出など利上げの副作用が懸念されてきたが、「金融政策を巡る霧が晴れ、リスクを取る動きが出てきた」(野村証券の明渡則和執行役員)。
 17日の東京市場では円安・株高が進んだ。日経平均株価は前日比303円(1.6%)高と続伸し、終値は1万9353円と8日以来の高値水準になった。円相場は1ドル=122円台後半と1週間ぶりの安値を付けた。
 海外市場でも、リスク資産にマネーが再流入した。前日の米ダウ工業株30種平均は1%高と3日続伸し、17日のアジア市場でもインドネシア株や台湾株が2%弱の上昇となるなど全面高となった。17日の欧州市場はドイツ株、フランス株が約3%高く始まった。
 外国為替市場では新興国通貨が軒並み強含んだ。ブラジルのレアルは年初から対ドルで3割下落し、16日も国債の格下げで弱含んでいたが、米利上げが決まると格下げ前の水準に上昇した。17日にかけてインドのルピーやトルコのリラも買われた。
 世界の市場が落ち着いた反応だったのは、2013年5月にFRBのバーナンキ前議長が量的金融緩和の縮小を示唆してから2年半が経過し、市場が利上げへの備えを進めていたことも大きい。


「出口戦略」と呼ばれる、ゼロ金利政策緩和が非常に難しいことを物語っています。
結局、バーナンキ氏がFRBとしてコミットしていた物価目標値も未達ですし、GDPも2%という低成長のままです。
「米経済は十分強い。利上げの条件は整った」、というイエレン議長の発言は、額面どおりに受け取れません。
しかし、オオカミ少年じゃありませんが「上げるぞ」「上げるぞ」と利上げの示唆を続けてきたのに、そのたびに景気の腰が折れ、先送りにしてきたFRBを市場がそろそろ信用しなくなってきたという焦りがあったのだと思います。
かつて、「市場との対話」で名を馳せたグリーンスパン氏が議長時代は、実際の政策より彼の発言ひとつで市場が動いていたもので、FRBの権威というのがどれだけ高かったのかということです。
もちろん、バーナンキ氏やイエレン氏が学者出身なのに対し、グリーンスパン氏はビジネス界出身という違いもあるのでしょう、しかし金融当局が単なる金利操作機関だけでなく、コミュニケーションによって政策を浸透させ、経済をコントロールしていく極めて政治的な役割を果しているのです。
従って今回の利上げも、実際の金利そのものよりメッセージ性の方が強く、そろりそろりだが「脱・危機」に向けて動き始めましたよというコミュニケーションの一つなんだと考えます。
ですから、年4回のFOMCで機械的、段階的に利上げしていくのでなく、様子をみながらの操作となるのでしょう。

こうしたアメリカの動きに、日本のメディアや政治が反応するのが心配ですね。
「いつまで異次元緩和を続けるのか」から始まり、「財政ファイナンスじゃないか」やら「このままだとハイパーインフレになる」やらのトンチンカンな批判がまた出てきそうです。
日本はリーマン・ショック対策として、麻生内閣で大きな経済財政政策を打ち、それが奏功する頃に政権交代となりました。
ところが、極端な円高・デフレ進行を止めず放置した民主党政権と白川日銀総裁によって、3年以上も空白の期間をつくってしまったのです。
ようやく、自民党が政権を奪還しアベノミクスで失地回復を試みていますが、米欧の危機対応に較べて3年は遅れてしまっていると言っていいでしょう。
アメリカですら、低空飛行からヨロヨロと上昇しようかという有様ですから、日本の「脱・危機」は早くてもあと3年後、消費税増税の影響やオリンピック景気の具合も勘案しながらの判断です。
政府と日銀は「時期尚早」として、批判を撥ね付ける必要があります。
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2015年12月17日

「民主主義のコメ」として

17日朝刊2面【総合1】社説2
 2017年度からの消費税率引き上げ時の軽減税率導入で、宅配の新聞が適用の対象となった。単に税にとどまらず、広く民主主義のあり方にも絡むテーマとしてとらえたい。
 この問題をかんがえるとき参考になるリポートがある。日本新聞協会の諮問を受けた法学者らによる「新聞の公共性に関する研究会」(座長・戸松秀典学習院大名誉教授)が13年9月にまとめた「新聞への消費税軽減税率適用に関する意見書」がそれだ。
 「新聞は誇るべき日本の文化である」「新聞は日本全土のいたるところでサービスを受けられるようになっており、このユニバーサル・サービスこそが日本の民主主義の支柱であり、基盤である」と新聞への軽減税率の適用を是認した内容である。
 「民主主義のコメ」としての新聞の位置づけだ。これは決して特別なことではない。欧米先進国で新聞に減免制度が導入されているのをみれば分かる通りである。
 背景にあるのは、民主主義が成り立つために言論・出版の自由が保証されていなければならないという考え方だ。前提になるのは思想の自由市場論である。多様な言論が繰りひろげられることを通じて、真理や誤りがおのずとえり分けられていき、合理的な結論に達するというものだ。
 そのためには新聞は綿密な取材による真実の探求を通じて、政府や企業などの統治に鋭く目を光らせ、権力をチェックする役割を果たす必要がある。
 民主主義の一翼を担うジャーナリズムとして存在するのが何より大事になることを、その仕事に携わる言論人は肝に銘じなければならない。
 ただ書籍・雑誌は有害図書排除の仕組みをどうつくるかなども考慮しつつ「引き続き検討する」にとどまった。活字文化を守り、知識への課税を最小限にとどめていくという視点も忘れてはなるまい。これは何も紙のメディアだけに限られたものではないだろう。


誰が見ても、「口封じ」のための軽減税率適用だと思うのです。
「活字文化を守り、知識への課税を最小限にとどめていくという視点も忘れてはなるまい。これは何も紙のメディアだけに限られたものではないだろう」、とかのアリバイ工作ぐらい偽善はありません。
これで新聞各社が軽減税率に異を唱えることがあれば、ただでさえ購読数が減っている中で自分で自分の首を締めることなります。
従って、本音は「嬉しい」の一言でしょ。
だが、「民主主義のコメ」とか言ってますけど、このネット時代において新聞が果たしている役割が「民主主義の支柱」となっているのか、相当の疑問があります。
例えば、朝日新聞の所謂「従軍慰安婦」報道のような、長年にわたる捏造記事が「民主主義のコメ」とか「民主主義の支柱」なのでしょうか。
あるいは、先の安保国会の時に「若者のデモ」とかをクローズアップする手法、マイナーな運動にも関わらず、まるで全国民的な運動かのように感じたのは、犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになるのと同じで、稀な出来事を繰り返し報じることにより、あたかもメジャーな出来事のように仕立ててしまうのです。
これらは明らかに、最初から政治的、思想的スタンスありきで、それに沿うよう記事を作ってきた結果ではないのか、事実がなくても作文しちゃえばいい、トリミングしちゃえばいい、どうせ誰も検証のしようがないし、自分たちがやってることは「正義」であり、「大きな正義」のためには「小さな演出」も許されるという考えがメディア全体にはあるように思えてなりません。
かつて、公正中立を謳う放送局のドキュメンタリー・プロデューサーが、企画の下調べをする前にとんでもない「結論」を滔々と語り始めたのをみて、この御仁は自分の中で組み立てたストーリーに都合のいい素材を撮りたいだけだ、と感得したものです。
国民には、こうしたメディアの欺瞞性が見えてしまっている、いくら「民主主義のコメ」だと自称しようが、民主主義という正義の名の下に歪んだ記事を垂れ流し続けてきているじゃないか、この不信感が拭えないのです。
社説は自社の言い分なのだから、何をどう書いても自由です、しかし事実を事実として報じる記事ベースで捏造されたり、偏向されたりしたら、読者は何をもって正しいと判断できるのかということです。
洗脳という言葉で悪ければ、記事によって世論を誘導しようとしている、勿論、複数紙を丹念に読めば整合がとれない記事も多いので、何かがあるなと感じることもできましょう。
しかし、忙しい日常生活を送ってる多くの人が、そんなヒマな真似はできないないわけで、とにかく短い時間で事実を事実として捉えたいだけに新聞やらテレビやらネットを見ているに過ぎません。
その事実から得られる感触や考えや判断は、各人に任せておくことこそ民主主義なんだろうと思うのです。
親切なのかお節介なのかはよく分かりませんが、「俺らが正しい道を教えてやるよ」とばかりの報道は辟易としますし、だから新聞離れ、テレビ離れになっていることにメディア諸氏は極めて無自覚です。
昨日の朝日新聞社説では、「私たち報道機関も、新聞が『日常生活に欠かせない』と位置づけられたこと重く受け止めねばならない。(中略)社会が報道機関に求める使命を強く自覚したい」、などと殊勝なことを書いてますが、「社会が報道機関に求める使命」を一番に裏切っているのは新聞そのものじゃないですかね。
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2015年12月15日

スター・ウォーズ 強み結集 ディズニーの革新+ルーカスの伝統

15日朝刊9面【グローバルBiz】
 米メディア大手ウォルト・ディズニーが18日、人気SF映画「スター・ウォーズ」の新作「フォースの覚醒」を公開する。2012年のルーカスフィルム買収から3年。周到に準備された10年ぶりの新作にはルーカスフィルムが培ってきた伝統と、革新的であり続けるディズニーの強さが凝縮されている。新技術、外部資源の活用、ファン対応。新作から見える3つの強さを探った。(略)

3つの強さとは、「新技術に投資 仮想現実を体験」、「外部のアイデア導入 無名VB、ロボ開発」、「愛好家を社員に ファン目線で魅力発信」ということだそうで、要するにディズニーのビジネスモデルである、マーチャンダイジングで儲けようということだと思います。
ジョージ・ルーカス監督自身は、一作目から作品の面白さで売ってきたわけで、そこにはテーマ深さと物語の広がりや特撮アイデアの豊富さ、それに登場人物の魅力という、映画本来の力を最大限に発揮させて観客を惹きつけようとしてきました。
これは、映画の王道です。
しかし、元来からキャラクターの商品化でビジネスしてきたディズニーにとっては、映画はキャラクターを創り、売るためのプラットフォームの一つに過ぎず、本番はマーチャンダイジングなんだよということでしょう。
確かに、「スター・ウォーズ」のような大作になると、興行収入だけは投資を回収できず、大規模なマーチャンダイジングを展開する必要に迫られます。
ディズニーにはそれをグローバル規模で実行できるノウハウとチャネルがあり、「スター・ウォーズ」はそれにピタリと嵌る作品だということです。
おそらく、各地のディズニーランドの「スター・ウォーズ」アトラクションである「スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー」を、2019年までリリースされる作品に併せてリニューアルしてくるのでしょうし、専門ショップやパレードやショー、そしてイベントに登場するのだと思います。
したがって、キャラクターもストーリーもディズニーのマーチャンダイジング戦略に沿って造形されていくのでしょう。
映画が映画だけで成立しているのでなく、マーチャンダイジングが資金面で欠かすことができず、それが可能なのはハリウッドしかないということでもあります。
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2015年12月13日

日印の原子力協定は非核のルール厳格に

13日朝刊2面【総合・政治】社説1
 安倍晋三首相はインドでモディ首相と会談し、両国政府が原子力協定を結ぶことで大筋合意した。インドは原子力発電所を大幅に増やす計画で、日本がもつ原発技術に強い期待を寄せている。政府間で協定ができれば日本の原発メーカーによる輸出に道筋がつく。
 だが協定締結にあたっては、インドが核拡散防止条約(NPT)に入らず核実験を重ね、核兵器を保有していることを忘れてはならない。日本が提供する技術や機材、情報が核兵器の研究・製造に転用されないよう、厳しい歯止めをかけることが欠かせない。
 安倍首相は「協力を平和目的に限定する内容を確保した」と述べたが、中身は明らかにしなかった。軍事転用を防ぎ、民生利用に限定する仕組みをどのように設けたのか。日本政府は国民や国際社会に丁寧に説明する義務がある。
 今後の交渉ではルールをさらに詰め、協力の範囲や対象をはっきりさせなければならない。
 インドは経済成長に伴い電力が不足し、温暖化対策でも原発を切り札と位置づけている。米国やフランスなどと原子力協定を結び、原発の輸入に動き出している。
 欧米メーカーが原発を輸出する場合でも、原子炉容器などで高い技術をもつ日本メーカー抜きには成り立たなくなっている。インドが民生分野で原発の利用拡大をめざすのであれば、日本だけが背を向けているわけにはいくまい。
 一方で、日本は唯一の被爆国として核兵器を持たず、他国の核武装にも協力しないことを原則としてきた。インドとの原子力協力でもこれを貫き、核実験を再開しないよう求め、NPT加盟や核軍縮を粘り強く働きかけるべきだ。
 首脳会談では、インドが商都ムンバイと北西部の工業都市アーメダバードの間に計画する高速鉄道に、日本の新幹線技術を採用することも決まった。建設費用の一部を円借款で支援する。
 高速鉄道は各国で計画が相次ぎ、受注競争が激しさを増している。今回の決定を日本が世界市場で競うための足がかりとしたい。
 鉄道車両の輸出や線路の建設で終わらせず、運行や保守にも関与していくことが大事だ。事故や故障を減らし安全性の高さを示すことが、長い目でみてコストを下げ、日本のインフラ技術の評価を高めることにつながる。インドの国情に合わせて支援内容を柔軟に修正することも欠かせない。


日印の歴史にとって、新たなページを開きましたね。
もともと、インドとの関係強化は対中国包囲網の要であり、これが大変よく効いています。
原子力協定については、日本が長年締結を希望していましたが、事実上の核保有国でありながらNPTや包括的核実験禁止条約(CTBT)に参加してないことを理由に、アメリカが強固に反対していたのです。
しかし、ジョージ・W・ブッシュ政権時代に、米が方針を転換し、2007年に米印原子力協定を締結。
IAEAの査察など、軍事転用禁止の担保措置を講じたわけで、おそらく日本もこれに倣った協定内容だと思います。
米印原子力協定も対中包囲網の一環だったので、中国は反対措置としてインドと対立しているパキスタンに原発を供与していきますが、インドとパキスタンの経済成長の差からして、この供与は最初からビジネスベースではない、政治色が強いものだったと言えましょう。
日本においても、被爆国だからという理由で日印間の原子力交渉に反対する人たちがいますが、知ってか知らずか中国に荷担していることになっています。
二酸化炭素排出による地球温暖化説には与しませんが、いずれにせよ環境的に化石燃料使用の低減は目指す必要があり、現在の技術においてベースロード電源として原発に代わるものがない以上、日印の協定は国際的にも評価されるものです。
また、高速鉄道計画において、日本の新幹線技術が中国との競争に打ち勝ったのも大きなポイントです。
インドネシアでは、先方の言い分を全部丸呑みしてまで受注を獲得した中国でしたが、そんな無茶な条件を呑めば、あとで大変なトラブルになるのは目に見えています。
これも、前述のパキスタンへの原発供与と同じ話で、商売度外視のスタンスはどうなのかと思います。
ご案内のとおり、英領だった時代の遺産でインドは鉄道大国です。
総延長は62,000キロもあり、日本の27,000キロと較べても倍以上です。
しかし、技術も設備も旧式のため、混雑や事故、輸送量や運行の乱れが大きな問題となってます。
最新の鉄道技術の潜在需要がどれだけあるのか、よくわかると思いますが、日本と同じく経済成長に従って鉄道の高速化と安全性の向上はインド経済にとっても必須です。
当然、この先も中国との競争になりますが、日本は実績を重ねることによって信頼を勝ち得ていくのが最もよいのだと思いますね。
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2015年12月12日

仏社会、テロ暗い影 あす1カ月 続く緊張、極右躍進

12日朝刊6面【国際1】パリ=竹内康雄
 130人の死者を出したパリ同時テロは13日で1カ月を迎える。街では新たなテロを防ぐための厳戒態勢が続く。選挙では「反難民」など内向きな主張を掲げる極右政党が躍進。1年間に2回の大きなテロを経験した仏国民の萎縮が目立つ。仏社会を暗い影が覆っている。
 パリ近郊にある第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)の会場最寄りのブルジェ駅。7日夜、ホームの片隅で3人の警官がアラブ系の若者を尋問していた。「俺に何の問題があるんだ」。若者は身ぶりを交えてやるせなさそうに訴えた。通りかかったスペインの交渉官は「必要な行為だと思うが悲しい光景だ」とつぶやいた。
 同時テロの約10カ月前の1月11日。週刊紙「シャルリエブド」銃撃テロを受け、仏全土には表現の自由などフランスが育んだ価値観を守ろうと約370万人が繰り出した。だが今回はそんな動きはない。1月のテロの標的が週刊紙関係者やユダヤ人だったのに対し同時テロは無差別だった。仏国際関係研究所のエケー研究員は「一般市民もテロと無縁ではないと見せつけた」と国民心理を萎縮させたと分析する。
 過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)との「戦争」を宣言したオランド大統領。即座に非常事態を宣言し、数千人の治安部隊を動員した。強硬姿勢が好感され、支持率はテロ前より20ポイント増え50%に上昇した。
 だからといって国民がテロや難民対策に満足しているわけではない。6日投開票の仏地域圏議会選ではオランド氏属する社会党の得票には結びつかず、極右政党、国民戦線(FN)が大勝した。
 FNの躍進は仏社会の亀裂の深さを物語る。1月と11月のテロを起こしたのは、いずれも欧州の都市郊外に住むイスラム教徒の若者。十分な教育を受けられず、就職では差別され、社会に不満を持って過激思想に流れた。仏社会科学高等研究院のヴィヴィオルカ教授は「郊外に住むイスラム教徒と、それ以外の国民の心理的な距離は一段と広がった」と解説する。
 それでも希望はある。調査会社Ifopによると「イスラム教とテロリストを同一視すべきでない」と考える仏国民は67%と、同時テロ前から4ポイント増えた。FNが唱える「反難民」や「反欧州統合」は仏国民がフランス革命から築き上げた価値観と相いれない。内向きな志向を打破できるか、仏国民が試されている。


いわゆる保守的愛国主義が、欧米で台頭してきているのも当然でしょう。
彼らはISとの戦いを「戦争」と呼んでいるのですから、こうした戦時であれば国民は保守化しますし、自国のアイデンティティーを第一にするものです。
ですから、世論が保守的愛国主義を欲求してるわけですし、それに応える政治が主導権を握っていくことになるのは古今東西同じです。
例えば戦前の日本において、何も「軍部」が勝手に暴走したわけでなく、世論からの欲求に軍が応えただけだと言えましょう。
従って、こうした流れは加速こそすれ、止まることはないのですし、ISとの決着がつくまで暫く続くのだと考えます。

問題は、イスラムとの関係です。
もともと、キリスト教国とイスラムとの関係は十字軍を引き合いに出すまでもなく、お互いによろしくありません。
特に、オスマン帝国を列強で分割した近代の帝国主義時代以降、宗主国と植民地、あるいは先進国と後進国という心理的関係がいまだに残っています。
しかし一方で、安い労働力として旧植民地からのイスラム移民を受け容れ、すでに社会に組み入れてしまっている国もあり、国民内でイスラムか否かを差別しています。
かつてのユダヤ人差別の記憶がまだあるだけに、大っぴらに公言することは憚られていましたが、ここに来てイスラム差別を言うことが「本音」だとされ、それが世論に受けているのです。
彼らに言わせれば、テロを起こしているのはイスラムであり、これは自存自衛のためであるという理屈ですし、過去のユダヤ人差別とは問題が違うんだということです。
しかも、シリア内戦によって大量のイスラム難民が欧州に流入するに至り、経済そして社会に与える影響が決して小さくないどころか、その難民に混じってISに忠誠を誓うテロリストが、EUの致命的なセキュリティの穴をついて入っていたという事実が「本音」に説得力を与えています。
こうした事態ですと、冷静にとか、イスラムと対話でとか、いう暢気なお話ではなくなります。
ですからこの問題は、ISが壊滅したとしても欧米の深く、澱のように沈殿していくのではないか、と感じます。

イスラムとは、戒律の世界です。
雑な言い方をすれば、ムハンマドが生きた7世紀と同じように生きよ、それがイスラムだと言うことです。
同じように生きるためには、当時と同じ様式で祈り、生活し、働き、家庭を築くだけでなく、法律や政治、経済、社会、国家までも規定されます。
イスラムは政教一致と言われてますが、しかし政教一致の理想が実現されたことは歴史上一度もないともされてます。
何故なら、クルアーン(コーラン)どおりにやっていたのでは現実問題に対処できないからであり、「解釈」という逃げ道をつくって対応してきたのでしょう。
パーレビー国王時代のイランのように、欧米とイスラムとの融合をはかった時期もありましたが、ここ40年ほどはイスラム全体が復古主義に回帰し、最もヨーロッパ化したトルコですらイスラム至上を掲げはじめています。
だとすると、イスラムはイスラムで暮らした方がいいのではないか、無理矢理キリスト教国などに移住するより、イスラム世界で生きる方がよっぽど信仰の理想に近づけるのではないか、そう思うのです。
ややもすると、イスラムだろうがユダヤだろうが、なんでも欧米は受け容れなければならないかのような論調がありますけど、生き方が違う人たちに、ウチの社会に合わせろという方が難しいのではないでしょうか。
もちろん、欧米社会に同化するというのなら結構です、だがそれは何百万人という数字にはならないはずです。
ユダヤ人にように、第二次大戦が終了するまで「母国」がなかった人たちと違い、イスラムには帰る国があり家もあります。
まずは自国を建て直し、クルアーンが理想とする世界を創り上げていく、それがイスラムの使命ではないか。
皮肉なことに、若者がISに惹かれリクルートされるのは、理想のイスラム国家を自分たちで作るというお題目であり、それが暴力でしか実現できないという原理主義的な部分です。
これをイスラム自身が打破し、モデルとなるような平和国家を作らないと、ISのような勢力はいつでも何処でも出てくることになります。
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2015年12月11日

税制大綱 自民、正式決定遅らす 軽減税率、官邸主導に不満 首相周辺「覆らず」

11日朝刊2面【総合1】
 2016年度税制改正大綱の正式決定が11日以降にずれ込んだ。17年4月の消費増税時に導入する軽減税率で、首相官邸の主導で公明党に大幅に譲歩しなければならなくなったことへの自民党幹部らの不満が、手続きを滞らせた。ただ、党税制調査会の影響力低下は著しく、税制改正の中身を差し替えるほどの勢いはない。
 「今日をタイムリミットとしてやってきた。一両日中にまとめたい」。10日午前、自民党臨時総務会。谷垣禎一幹事長は軽減税率を巡る公明党との協議終結が近づいていると報告した。
 谷垣氏の表情には複雑な思いがにじんだ。財源4000億円を上限とみて増税時の対象品目を生鮮食品に絞る方針を大きく転換したからだ。当初から加工食品を含めることにし、規模は約1兆円に膨らむ。16年夏の参院選をにらみ、公明党との連立を重視する安倍晋三首相や菅義偉官房長官らに促された結果だった。
 総務会メンバーの評価は割れた。山本一太元沖縄担当相は「選挙に負けたら元も子もない」と理解を示す一方、村上誠一郎元行政改革相は「『首相官邸の印籠が見えないのか』と押し切ることが本当に党内民主主義なのか」と批判。税調前会長で最高顧問の野田毅氏は「大変な混乱が起きる」と警告した。
 10日午後、谷垣氏は都内のホテルで公明党の井上義久幹事長と合意文書をめぐる調整をしたが、わずか20分で終わった。党側の思いをくめば、すんなり合意するわけにもいかない。官邸と党の板挟み状態にある谷垣氏は党本部に戻ると、幹部らとも調整を続けた。
 「幹事長同士の協議を注視したい」。10日午前、自民党税調の幹部会議。宮沢洋一会長が軽減税率を巡る与党協議の状況に触れると、出席者から「当事者意識がなさすぎる」との声が上がった。
 宮沢氏ら税調幹部は公明党との協議をまとめられず、軽減税率問題を幹事長に委ねた。税の専門知識に通じ、難しい調整をまとめ上げることで一目置かれてきたのがこれまでの自民党税調だ。それを放棄すれば求心力は著しく低下する。
 16年度税制改正では法人実効税率引き下げも官邸と経団連が主導して決着した。大綱を了承した10日の税調総会の出席者は例年より少数で、税調幹部の一人は「こんなに影響力がなくなってしまったのか」と嘆いた。
 官邸や公明党は動じていない。首相周辺は「官邸の指示は簡単には覆らない。流れは変わらない」と明言した。公明党の山口那津男代表は10日午前の記者会見で「かなり協議が詰まっている。進展に期待したい」と余裕の表情をみせた。大綱決定の足踏みは、一部の自民党幹部のガス抜きのため、と公明党側はみる。


かつて、自民党税制調査会(税調)と言えば、総理総裁ですらアンタッチャブルな存在でした。
税のプロである自民党ベテラン議員をインナーと呼び、旧大蔵省主税局と二人三脚で日本の税制を決めていく、そこには党幹部どころか内閣すらも議論に入れませんでした。
小泉内閣の時でしたか、形骸化していた政府税調をテコ入れし、党税調に対抗させようとする試みもありましたが、その後、政府税調の動きは再び低調となります。
しかし、党税調は何も悪いことばかりでなく、独自の調査によって広く普く税の問題について国民からの声を聞き取り、それを総合的に判断して税制に反映させていこうという仕組みが働いていました。
従って、党内組織であるにも関わらず、内閣や党からの政治的要求を「素人の戯れ言」として撥ね付けることが多々あり、まさに超然勢力たる存在です。
税制を主導する主税局にとっては、税調という無敵の盾があるのですから、最強の布陣だったと言えます。
その税調会長の首を安倍首相は野田毅氏から宮沢洋一氏すげ替えた、これですら自民党開闢以来の大ニュースなのに、その税調の反対を押し切ってまで公明党が主張する軽減税率を導入しようとしている、おそらくシャウプ勧告以降では、日本の税制決定プロセスにとって驚天動地な出来事だと思います。

「公平・中立・簡素」、税の三原則と呼ばれていますが、そう簡単なお話ではありません。
そもそも、消費税のような間接税は、誰もがする「消費行為」に対して一定の税率が掛けられるのですから、最も公平であり、中立であり、簡素であります。
だが、消費税特有の所謂「逆進性の緩和」とか「痛税感の緩和」というのに対策を施そうとすると、どうやっても三原則を崩すことになります。
だったら、今の税率のままでいいだろうと言う議論もありますが、現行の税制にしても「益税」など公平性に欠けている点は否めません。
つまり、何をやっても誰もが納得するパーフェクトの制度にならないわけで、何か対策すれば何か瑕疵が出るという具合にトレード・オフの関係だと思うのです。
ですから、緻密な税理論で構築してきたのと違い、消費税は極めて「政治的な税」だと言っていいでしょう。
しかも、先進国の税収入にとって間接税が大きな割合を占めるに至り、すでに「税のプロ」ではなく「政治のプロ」の出番が今は求められているのです。

今回の消費税を巡る一連の議論で大変興味深いのは、当初、税収の目減りが少なく「逆進性の緩和」という低所得者対策となる税額控除を自民党税調が言い、増税によって再びリセッションに入ることを懸念し、軽減税率による「痛税感の緩和」というマクロ経済対策を公明党が言っている所です。
更に、自公が軽減税率で方向性を一本化した後も、対象品目について自民党は財政規律を盾に、公明党は軽減効果を盾に議論が続きます。
公明党の言う対象品目の拡大とは、実質的に毎年の減税、あるいは財政出動するのと同じことであり、それが4000億円では効果が足りず1兆円だという主張なのです。
1兆円の減税と考えれば、凄いことを言ってるわけです。
本来なら、自民がマクロ経済による拡大路線、公明は財政負担の少ない低所得者対策でしたが、これでは立場と主張が全く逆でしょう。
巷間、安倍首相が公明案を強力に後押ししているのは、公明党からの選挙協力欲しさだからだとされてますが、それは所与のこととしても、やはり首相も増税時の再リセッションを懸念しているからだと思います。
「アベノミクス」が安倍政権の原動力である以上、次の増税では前回の轍を踏まないという公明党の主張には説得力があります。
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2015年11月25日

トルコがロシア軍機撃墜 シリア国境「領空侵犯」 ロシアは非難

25日朝刊1面 イスタンブール=佐野彰洋、モスクワ=田中孝幸
 トルコ政府は24日午前(日本時間同日午後)、南部のシリア国境付近で、領空を侵犯したロシア軍機を撃墜したと明らかにした。ロシア国防省は撃墜されたのはロシア軍の戦闘爆撃機スホイ24と確認した。(関連記事総合2面に)
 プーチン大統領は同日、「背後から刺されたようなものだ」と述べ、トルコを強く非難した。「ロシアとトルコとの関係に重大な結果をもたらす」と警告した。
 米国率いる有志連合と、ロシアがそれぞれ進めるシリア領への空爆が十分な連携を欠くなか発生した撃墜事件で、トルコが加盟する北大西洋条約機構(NATO)とロシアの関係が一段と緊張する恐れがある。過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)掃討作戦にも影響を及ぼしそうだ。
 トルコ側の説明によると、南部ハタイ県のシリア国境付近でロシア軍機がトルコ領空を侵犯した。複数回の警告にもかかわらず退去しなかったため、交戦規定に基づき警戒飛行中のF16戦闘機2機が撃墜したという。米軍もトルコが警告を発したことを確認した。一方、ロシアは領空侵犯はなかったと主張しており、トルコ側の説明と真っ向から対立している。
 ロイター通信によると、NATO加盟国による旧ソ連やロシアの軍用機撃墜が確認されたのは1950年代以来初めて。撃墜されたロシア軍機からパラシュートで脱出したとみられる操縦士2人の安否は不明だ。


このタイミングです。
オランド大統領はワシントンでオバマ大統領を説得できず、記者会見もアサド政権の存続を認めないという原則論で終始しました。
オバマ氏は原理主義者みたいなものですから、「レッド・ライン」モードに一度入ってしまうと、そこから抜けられないのでしょう。
安全保障担当補佐官のスーザン・ライス氏もオバマ氏と似たような考えの御仁ですから、ホワイトハウスの中枢ではISよりシリアの政権交代しか関心がないようです。
国際面では、「(米仏両大統領は)ロシアと軍事面で協力する条件についても協議したもようだ」と二人の会談を報じてますが、具体的な提案があったとは思えません。
手ぶらでプーチン大統領を訪問する、オランド氏の心中や如何にと思いますが、そこにダメ押しのようなトルコの介入です。
フランスとすれば、踏んだり蹴ったりでしょう。

ISを巡る情勢分析は、国際政治とは何であるかを知るのにちょうど良い教科書だと思います。
ご存知のとおり、アサド政権を弱らせるためにサウジや欧米の支援によってつくられたのがISの中核だと言われています。
特に、隣国トルコは「強すぎるシリア」の存在が好ましくなく、昔からシリア領内のトルコ系民族を使って妨害工作をしてきました。
こうした「反政府勢力」と呼ばれるトルコの息がかかっている連中に加えて、更にトルコ軍情報部はISへの資金提供などを通じて、アサド政権を追い詰めてきたのです。
さながら、アフガニスタンの混乱こそ国益とするパキスタンが軍情報部を使って、タリバンやアル・カイダを育てたように、トルコもシリアで同じことをやっています。
従って、トルコにとって対IS作戦と言うのは表向き歓迎しているようで、内実は「余計なことしてくれるな」というものであり、だから米軍にもトルコ領内の基地を長らく使わせてこなかったのです。
それでも今年に入ってから、国際世論に押されてトルコも対IS作戦に参加を表明するのですけど、彼らが空爆しているのは専らシリア領内で反トルコ活動をしているクルド人勢力というわけで、「ロシアはISでない、反アサド勢力ばかり攻撃している」というトルコ首相の言い分も何だかなあという所です。

転換点は、ロシア旅客機の爆破事件とパリ同時テロ事件からです。
プーチン大統領は本気、オランド大統領も連合軍総司令官気分で本気モードに入ってきた、全欧州は露仏の勢いに押されて従うだろう、そうなるとアメリカもどうだか分からない、この流れに一石を投じたかったのがトルコのエルドアン大統領だったと思います。
確かに、いままでもロシア軍がトルコ上空を通過していたのは事実でしょう、しかし先日のТu-160爆撃機やカスピ海からの巡航ミサイルなどは、トルコ領内を避けるようコースに気を使ってましたね。
敵対国でなく有志連合じゃないかという気持ちは、ロシア側にあってもトルコ側にはなかったということです。
ただ、トルコのアンタルヤで開催されたG20において「この中にISへ協力している国がある」というプーチン大統領の発言は、明らかにトルコを指しているものだし、ホスト国をわざわざ非難したのは彼なりに何かを感じていたのかもしれません。
問題なのは、トルコ軍が領空侵犯を理由としてロシア機を撃墜したこと以上に、シリア領内のトルコ系民兵が脱出したパイロットやレスキュー部隊まで攻撃して殺害していることで、トルコ軍と民兵との間に最初から計画が出来ていたのではないかという疑いです。

もしそうであるなら、これは偶発的な事件でなく、謀略だと言うことになります。
謀略の目的は、欧米露による「連合軍」化の妨害であり、中東におけるロシアの影響力を削ぐものであり、それが結果的にISを救済し、アサド政権を断つということだと思います。
もう一つ、トルコが領空侵犯の判断を早々にNATOに持ち込んだのも大変手際がいい。
フランスがわざわざ集団的自衛権の発動をEU条項に依ったのは、もともと東側陣営に対する集団安全保障体制のNATOだとロシアが嫌がるとの配慮からでしたが、いくらNATO加盟のトルコだからと言ってそこに持ち込めば、EU諸国だけでなくアメリカをも味方につけることができるとのヨミがあったからでしょう。
このヨミもピタリと当たり、オバマ大統領は「ロシアは外れ者」だと批判するし、「撃墜されたのはロシアなのに、まるで撃墜したかのようになっている」とロシアがボヤくことになります。
撃墜一つで形勢はロシアに不利となってきましたが、さて、失意のオランド大統領をモスクワで待ち受けるプーチン大統領は巻き返すことができるのか、これが今週の注目点です。
現代にあっても、こうした謀略の限りを尽くしてまで国益を守るのが国際政治だということですね。
posted by 泥酔論説委員 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする