国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(黒川清委員長)は17日、海江田万里元経済産業相を参考人として招致した。海江田氏は原子力災害対策本部の設置が遅れたことについて「菅直人首相(当時)の理解を得るのに時間がかかった」と説明。初動対応では「首相官邸と東電、現場の3つが伝言ゲームをやっているような状況だった」と指摘した。
事故調が国会議員から事情を聴取するのは初めて。海江田氏への聴取は予定の時間を超え、約2時間半に及んだ。
昨年3月11日、津波による福島第1原発1、2号機の電源喪失を受け、東電は16時45分に原子力災害対策特別措置法に基づき、経済産業省に通報した。これを受けて海江田氏は菅氏に原子力緊急事態宣言の発令と原子力災害対策本部の設置を要請した。
しかし菅氏が緊急事態を宣言したのは19時すぎで、自治体との連携など政府を挙げての機動的な対応に遅れをもたらした。海江田氏は、菅氏が「原子炉の状況はどうなっているんだ」「(法律の)どこに根拠があるんだ」などとして「菅氏の理解を得るのに時間がかかった」と述べた。

軍人の資質について、ドイツ軍のハンス・フォン・ゼークト将軍は4つに類型したと言われています。
有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
有能な働き者。これは参謀に向いている。
無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
無能な働き者。これは処刑するしかない。
なぜ、総司令官が「無能な怠け者」で良いのか、その理由は「自ら考え動こうとしないので参謀の進言どおりに動くためである」と。
日露戦争で元帥陸軍大将として満州軍総司令官に就任した大山巌は、まさに「無能な怠け者」です。
しかし、大山巌と言えば維新に際しては「有能な働き者」であり、維新の立役者だったわけです。
その彼が国難と呼べる日露戦争で総大将となったにも関わらず、「勝っている時は児玉(源太郎)さんに全てをまかせる。いよいよ敗け戦になる時には自分が出て行かなければならない」、と作戦遂行と手柄は部下に、失敗の責任は自分にとの肚を決めていました。
総大将として己の役割をしっかり認識した上で「無能な怠け者」を演じたわけで、こうした度量の大きさが日露戦争の勝利へと導いたのです。
同じく東日本大震災と原子力発電所事故という国難で、「無能な働き者」だったのが菅直人氏です。
「これは処刑するしかない」、なぜそうなのか、ゼークト将軍は「働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため」と解説しています。
本当ならば処刑すべき御仁が日本の総司令官だった、これを不幸と言わずして何が不幸なんでしょうかね。


